水の咆哮 第3章-11
上げたつもりが、更新されてませんでした。
「さて、これでお荷物はなくなり、まともに戦える状況になったというわけだ」
「……」
「どうした、娘よ。」
「……」
律華は無言で前に出始めた。
「そうか。言葉は不要というわけ、か!」
暁光冥が槍を振るう。
「ッ!」
常人の動体視力では捕捉することすら困難な一撃。だが律華は、体捌きだけで華麗に回避する。
「ほう? なら、これはどうだ!」
今度は乱れ突き。先の一撃よりもさらに速さが増しているが、律華は変わらず回避を続ける。回避を続けながら、律華は距離を詰める。そして、
「オラァ!」
律華の右拳が放たれる。光冥は槍を振るった直後で回避はできない体勢だ。だが、いつの間にか槍から手放されていた左手が動く。
放たれた右拳めがけて、左手で払いのけた。左手は剣のように硬質化して鋭さを持っており、払いのけた瞬間、大きな金属音が響いた。渾身の一撃は、辛うじて炸裂しなかった。だが、
「――ッ!!」
律華の左拳が、光冥の顔面を捉え、大きく吹っ飛ばしていった。
「……」
大きく呼吸をして、律華は体勢を整える。その両腕は、人間の物とは思えない、異形と化していた。
筋肉質の男性をも遙かに凌駕する太さで、かつ鈍い緑色の鱗で覆われている。
「いける……か」
前方を見据え、律華は光冥が動き出すのを待つ。
* *
律華の一撃がクリーンヒットした光冥は、吹っ飛ばされていく最中、空中で一回転し、華麗に着地した。
光冥は、迎撃の構えを見せる律華を観察する。大分離れてはいるが、強化された視力によって細かな肌の状態まで把握することができる。
「なるほど。我の力を、部分的に変化させることで防ぐか」
光冥が着目したのは、律華の右腕だった。通常なら、力を発揮している光冥に触れることは、忽ち生命力を失うことを意味する。だが、刃と化した左腕で接触したにも関わらず、律華の右腕は何の異常も生じていない。
「我が来るのを待つか。ならば、期待に応えるとしようか!!」
* *
一瞬。正確には、吹っ飛ばしてから数秒が経過しているが、律華にとってそれは、一瞬のように感じられた。
目を離してはいないのに、光冥の姿が目の前まで迫っていたのだ。
「そらそらそら!」
近づくや否や、再び槍による突きのラッシュが始まる。当初の速度も尋常ではなかったが、さらに速くなる槍捌き。
「チィッ!!」
徐々にだが、律華はその速さについていけなくなっていった。反撃ができていたのも束の間、やがて回避だけで手一杯になっていく。
「どうしたッ!? 貴様の力はこんなものか、娘!」
煽る光冥。その攻撃は苛烈を極めていく。両手で振るわれていた槍は、皆葉に対して用いたのと同じ、2つの籠手へと変換される。
その拳から放たれる攻撃は、威力はともかく、手数が格段に上だ。いや、用いる神霊結晶の特性からして、通常ならばどんな武器による攻撃でも、それは一撃必殺になる。単に槍を用いていたのは、光冥の武器の好みにすぎなかった。
「ッ!?」
手数の増加は、すぐに効果を発揮した。これまで反撃はできないものの、回避できていた律華だが、ついに両腕による防御を強いられた。
「やはり、その腕には我の力は通用しないか」
効果を発揮しない籠手――神霊結晶だが、光冥はそれに構わず、攻撃の手を緩めない。あくまで防御できているのは、変質した両腕だけなのだから、他の箇所ならば攻撃は通る。
「さあ、そろそろ本気を出さないと、死ぬぞ?」
どこまで速度が上がるのか、もはや常人では目で追えない域まで高まった速さは、ついに律華を捉えた。
* *
怖い。
自分が、自分でなくなるのが、怖い。
あの時、あの場所――律華は自我を失っていた。
両親と引き替えに与えられたのは、6つの神霊。だが、それは律華に苦難の日々を強いた。
神霊石によって制御されない膨大な力は、律華の中で6つの人格を形成した。
1つの身体を巡って、7つの人格が主導権を争う日々。だが、それは過酷な運命の一部でしかなかった。
本当の恐怖、それは――もう一つの力だった。
自身の中に眠る最後の力。それは、6つの鎖で封じられている。
恐るべきもの。だが、今その鎖を――解き放つ。
* *
当たった。
顔面めがけて放たれた光冥の右腕は、確かに律華を捉えていた。だが、触れているのは、生身の人間ではない、異形の色と材質をした肌。いや、そもそも触れているのは顔ではなく、通常の人間なら持ち得ないであろう、翼だった。
律華の背中に6枚の翼が現れ、律華を護っている。
翼は光冥を弾き飛ばし、そして律華の全身を覆う。
「DーBURST!!」
解除呪文によって、律華の封印が解かれる。
両腕だけだった鈍い緑色の鱗は、全身に現れた。成人男性を一回り以上に上回る体躯。白銀の色に染まり、腰まで伸びる硬質化した髪。
だが、全身が異形になろうとも、そこにはどこか美しさを感じられた。
「――――――!!!!」
咆哮。人のものではない、まさしくそれは、
「ドラゴン……。そうだ、我が望むのは、その力だ!」
歓喜する光冥。心底嬉しいのか、これまでの尊大な態度が嘘のように、顔をほころばせている。
「あの時の続きだ、娘!」
「――――――!!!!」
名前からして安直ですが、能力との兼ね合いでネーミングしてます。
次回は、本格的な”化け物”による闘いです。