水の咆哮 第5章-2
互いにクリーンヒットがないまま、肉弾戦はやがて終わりを迎えようとしていた。
「……」
何度拳を放てば仕留められるのか。そんな思考が、皆葉に過ぎった。そして、異変は現れた。
(身体が重い……いや、魔力が……ない!?)
両腕に装備された神霊結晶――自身の心臓の代わりとして機能する神霊石は、その性質上、魔力がなくなれば身体機能にも影響を及ぼす。
(そんなこと、あるはずが……。メイちゃんを蘇生させた時でも、半分程度しか使っていなかったのに。
この男との闘いでも、身体強化だけで他に魔力は使っていない。明らかに、消費量が多すぎる)
疑問は解消されない。だが、事実として皆葉の動きは、目に見えるほど衰えていた。
「どうした? もう限界か?」
対峙する黒衣の男は、特に影響は無いようだった。さらなる一撃を放ってくる。
「くッ!?」
どうにか、籠手で防ぐ。だがその瞬間、灰色の光とともに、さらなる衝撃が皆葉を襲った。
「がッ!?」
籠手が砕け散る。同時に身体に力が入らなくなり、皆葉はその場に倒れてしまう。
「運が良いな。この一撃を、辛うじて防ぐとは」
「何を……した?」
這い蹲りながらも、皆葉はどうにか身体を起こそうとしつつ、問いかける。
だが、男の答えはあっけらかんとしたもので。
「別に何も。ただ神霊結晶で殴っただけだ。特別な技法など用いていない」
「なん……だと?」
「分からないか? 相反属性の神霊結晶で殴り合った結果、貴様の神霊石の魔力が尽きただけだぞ?」
「相反?」
どういう意味だろうか。他の属性と違い、”生命”に対となる属性はないはず。
「ああ、そうか。貴様は知らないのか。先刻の灰色の魔力光がなんであるかも。
可笑しな話だ。あの時貴様が放ったものだというのに、覚えていないとは。いや――そういうことか」
黒衣の男は何かに気づいたのか、得心する。
「貴様には、我と対峙した時の記憶がない、ということか。ならば、これなら思い出すか?」
黒衣の男の籠手が姿を変える。元の槍へと。そして、その切っ先が皆葉に向けられる。
「かつてと似たような状況だぞ、小僧」
(この男は、何を言って――ッ!?)
放たれようとする暗緑色の槍。その鈍い輝きが、皆葉の脳裏を揺さぶる。そして、
――轟音。二人の周囲に爆風が放たれた。
* *
何が起きたのだろう。
黒衣の男に殺される寸前、脳裏に過去の記憶が想起しかけていたところ、身体に何かが突き立てられたような感覚があった。
そして瞬く間に爆風が現れ、黒衣の男を吹き飛ばしていった。
だが、どうして自分は何も影響を受けていない?
その答えは、皆葉の背中にあった。
背後から突き刺さった、赤色の槍。それは、皆葉が手にした二つ目の神霊石――”火”の神霊結晶。
浅く刺さっているようで、不思議と痛みはほとんどなかった。
(誰が放ったか分からないが、僕に命中した瞬間、形状を変えて致命傷を避けるようにした?)
赤色の槍は、やがて魔力の粒子となり、皆葉の身体へと戻っていった。
「とりあえず、間に合ったか」
爆風によって舞った土煙で視界が再び遮られている中、槍が放たれた方向から声がした。聞き覚えのある声が。
「律華……先生」
「らしくないな、皆葉。怒りで我を忘れるとは」
竜律華は皆葉を立ち上がらせる。
「……今のは、先生が? どうして、先生が神霊結晶を」
「その疑問には、後で答えてやる」
律華が視線を皆葉から移す。同時に、土煙が晴れて黒衣の男の姿が見えてきた。
「――貴様は、あの時の娘か」
黒衣の男は、やはり無傷だった。だが、僅かに喜色を浮かべている。さながら、新たな獲物を見つけて喜ぶ猛獣のように。
「ようやく会えたな、BD。いや、暁光冥!」
「……」
「……どうした?」
「いやな。その名前を呼ばれるのが久しぶりすぎて、我のことを指していると判じられなかった」
「ふざけた口を!」
律華の形相が怒りのものへと変わる。
「それで? 我とやり合うつもりなのは構わぬが、その足手まといはどうするのだ?」
「答えは――こうだ!」
律華が皆葉を抱き抱える。
「先生!?」
「神霊石が戻って、多少は動けるだろう? 後は、自分で何とかしろ!」
皆葉を抱えたまま、律華はその場で一回転。先刻皆葉がやったのと同じ動作をとる。そして、
「オラァ!」
砲丸投げのように、皆葉は投げられていった。
* *
「あああああ!」
投擲があまりに速いからか、一直線に皆葉は飛翔していく。
(このまま、どこまで飛ばされる?)
危機は脱したものの、安全が確保できたわけではない。今の飛ばされている状況事態も、ろくに魔力がない皆葉には、危険だった。
(とりあえず、ブレーキをかけなくては)
戻ってきた”火”の神霊石には、多少だが魔力が残っている。それを使って、何とかブレーキをかけられないかと、自身が飛ばされる方向に視線を向ける。すると、
「そのまま!」
神代神奈の声が聞こえてきた。まだ判別できる程の距離ではないが、二人の女の姿がある。
「神奈!?」
咄嗟に皆葉は、進行方向へ向けて放とうとしていた魔術を停止させる。
「あと10……9……8……」
神奈は飛ばされてくる皆葉を補足し、到着までの秒読みをする。
「……」
麗は神奈の秒読みを信じて、構えをとっていた。
「3……2……1……いま!」
「はああああ!」
皆葉の姿が麗の眼前に迫る。咄嗟に麗は、両手に黄の魔力を込め、風を放った。
「ぐ!」
大量の風を一身に浴びて皆葉は苦悶の声をあげるが、その速度は弱まる。そして、
「いい威力です!」
神奈が皆葉を受け止めた。だが、皆葉の勢いは殺し切れておらず、
接触した二人はしばらく転がっていった。
「ふう」
風の放出を止め、麗は一息つく。
「何とか、うまくいったわ……ね?」
転がっていった皆葉と神奈の方を見ると、麗は凍り付く。
「な、な、な……」
「――――!!」
声にならない叫びをあげる皆葉。だが、文字通り口を塞がれて声が出せない。
「――――」
神奈もまた声を出さない。皆葉とは異なり、出すつもりがないというのか、皆葉の口を塞ぐのに集中しているというのか。ご丁寧に、皆葉の腰に足を絡めて、逃げられないように固定している。
「こ、こ、こ、こんな時に、あんたは何やってんのよ!!」
たまらず麗は、二人を引き剥がしにかかった。
四苦八苦しながら、ようやく解放される皆葉。神奈は名残惜しそうにそれを見送る。
「もう少し……」
「もう少しじゃない! 今は緊急事態なの! わかってんの!? この発情妹!!」
「……あ、ありがとう、麗さん」
呼吸を整えながら礼を言う皆葉。
「さあ、逃げるわよ!」
「逃げるって、律華先生を置いて?」
「そう。それがあの先生の指示です」
今までが嘘のように淡々と、神奈は続ける。
「今の消耗しきった兄さんでは、足手まといにしかならない。いえ、例え万全の状態でも、あの化け物に対抗するのは困難。だからこそ、あの先生は兄さんを逃がすように指示しました」
「でも、大量殺戮者のあの男を、律華先生一人で相手するには……」
「その考えは適切ではありません」
「え?」
「あの先生も、化け物ですから」
そう言うと、これ以上の問答は無用と、神奈は皆葉の手を引いて走り始めた。
「ちょっと、私を置いてかないでよ!」
あっさりと皆葉は退場してしまいましたが、今度は先生の出番になります。
続きは現在書いているところです。




