水の咆哮 第2章-4
麗との通信が途切れたや否や、皆葉は矢のように駆けだした。
モノレール駅の屋上から飛び降りる。
「……」
落ちながら、皆葉は魔術を行使する。選択したのは、”天”――風の力。両手から風を放出し、落下速度の軽減を図る。
――落下速度を十分に殺し、着地。受け身をとって衝撃を完全に逃がしきる。
(麗さんがいたのは、東口側の入口近くのロータリー)
先刻の状況から、皆葉は目的地を定め、全力で走っていく。
2分程走ると、そこには探し人の姿があった――血溜まりを作って倒れている円麗の姿が。
そして、彼女の隣には、ロータリーという場所には不釣り合いな、タンクローリーが置かれていた。
異様なのは、麗とタンクローリーが地面に埋まるような形であるということだ。
(……タンクローリーは、おそらく敵が仕掛けてきた。それを、麗さんが大地を液状化させて、激突を防いだ。
だが、相当な魔術行使によってできた隙を突かれて、撃たれた――ということか)
目の前の現状から、この場で起きた出来事を推察する皆葉。そして、
(見たところ、重傷を負わされてはいるものの、殺されてはいない。ならば……)
麗を殺さずに放置されている狙いに思い至り、魔術を行使する。それと同時に、
「ッ!?」
皆葉の頬に、傷ができた。その数瞬後、銃声が響いてきた。
(やはり……か)
皆葉の周囲には、微弱な風が舞っていた。狙撃を予期した皆葉は、瞬間的に”天”の力を発現。細部のイメージはない――単なる風を具現化させた。
狙撃は、天候――特に風によって大きく左右される。狙撃手は風を考慮して狙撃をするが、周囲の環境とは異なる風を生み出せば、弾丸はあさっての方向に飛んで行ってしまう。
(このまま風を纏っていれば、僕にとって狙撃は驚異ではない。でも)
次なる展開を予想する。瞬間、その予想は的中する。
『魔術を停止しろ、神皆葉』
耳に着けられているインカムが、音声を流してきた。
「あんたは、誰だ?」
『お前の敵――この現場の指揮官だ。その風による防御を解け』
「……解かなかったら?」
『こうなる』
一言が発せられると同時に、倒れている麗の身体が揺れた。左足を撃ち抜かれ、血がさらに流れ出していく。意識がないのか、動くそぶりはなかった。
『お前が自分を守り続ければ、我々はその女を嬲り続ける。』
「…………下衆がッ!」
『なんとでも言うが良い。我々としては、このままその女を撃ち続けても良いが、弾薬にも限りがある。なので、お前が決断できないならば、隣のタンクローリーを爆破させる』
「……」
『いくら傷つけても、お前の能力なら治療はできるだろう。だが、原型が残っていなくても、治療ができるかな?』
「……」
皆葉は拳を握りしめる。拳からは、血がにじみ出てきた。
(どうする……?)
皆葉は思考する。
(彼女への狙撃を防ぐにしても、タンクローリーへの爆破を防ぐにしても、距離が遠い)
麗との彼我の距離はおよそ20メートル。全力で走っても、おそらく麗を保護する前に、再度狙撃される。手持ちのトランプを使って狙撃を防ごうとしても、保護対象にトランプを飛ばして魔術を発現するより、弾丸の方が早い。
(狙撃手を攻撃するにしても、近くにはいない)
先刻の狙撃から、大まかな方角が把握できたが、正確な場所は分からない。さらに、発砲音より着弾の方が早かったことから、1km以上は離れている。
(手持ちの鹵獲した狙撃銃を使おうにも、構えている間に撃たれてしまう)
対応策を講じようとするが、皆葉の装備と能力からは、この状況に対応できるものはない。
『何も手がないのか、皆葉?』
声が響いてきた。外からではない、自らの内から。
「彩破……」
『何も打つ手がないのかと、聞いている』
「僕は……」
思考を巡らせても、この場に対応できる手が見えてこない。人質をとられ、助けるべき手が導き出せない。
『なら代われ。私様がやる』
「……どうやって?」
『私様には手がある。だが皆葉、お前には覚悟があるか?』
「覚悟?」
『ああ。今から打つ手は、お前の心情からして許容できない手だ。だがそれでも、お前は黙って見ていられるか?』
「……君の戦術なら、この場をどうにかできるのか?」
『ああ。麗は助けだせるし、気にくわないNINJAの連中も殲滅できる』
「……」
皆葉は考える。
彩破の思想は、おおよそ皆葉とはかけ離れたもの。結果はついて来るだろうが、その過程は――皆葉には思いもつかないものだろうということが、想像できる。だが、
「……その手は、僕にはできないのか?」
『無理だ』
即答される。
『お前のお綺麗な思考では、その発想に至らない。私様がそれを教えたら、お前は絶対に反対する。だから決めろ。
何も言わずに交代して、口を出さないか。それとも、お前自身の戦術で、この場を打開するのか』
「僕は……」
時間にして5秒にも満たないわずかな時間、皆葉は高速で思考を巡らせる。そして、
「君の手で彼女を救えるというなら……頼む」
『わかった』
彩破が応える。応諾の声と共に、皆葉の髪が灼熱のごとき赤に染まる。
「さあ、覚悟はできているだろうな、下郎どもが!」
声高らかに、皆葉が――いや彩破が、咆哮した。




