水の咆哮 第2章-5
「Put your hands up」
ささやくように紡がれる第2声は、なぜか流暢な英語でのものだった。
「・・・・・・無駄に発音が良いですね。ところで、どうして英語で言うんですか? 私が意味を理解できないかもしれないのに」
「そういいながら、命令に従っているじゃあないか、お嬢さん。なあに、『手を挙げろ』だと、妙にしまりが悪かったから、少しカッコつけたくなっただけだ」
シニカルに笑いながら、背後からハンドガンを突きつけている男——豪紅蓮は言う。
「さて、挨拶はこのぐらいでいいだろう。まさか、またしてもお嬢さんを捕まえることになるとはな——とまれ、仕事だから仕方がない。悪いが、しばらく拘束させてもらう。
まずは、そのイヤリングを外して俺に渡せ。ゆっくりとだぞ」
「・・・・・・」
命令に従い、神奈はゆっくりと、両耳につけられているイヤリングを外していく。
「理解していると思うが、魔術は使うなよ。少しでも魔術の反応を見せたら、トリガーを引くことになる」
「・・・・・・いいんですか? 私を殺すことは、兄さん——神皆葉に仇なすこと。あなたにかけられた制約上できないはずでは?」
神奈は後ろ手にイヤリングを渡しながら、紅蓮に問う。
「できればしたくないが、制約はあくまで、“神皆葉”に対する危害だけだ。お嬢さんに関して言えば、別段制約はない。
まあ、あの少年の怒りを買うことになるから、結果的に俺は、無抵抗で殺されるしかないがな。それはそれだ」
差し出されたイヤリングを受け取りながら、紅蓮は応えた。
「窮屈とは思うが、しばらく我慢してもらおう」
イヤリング——魔術媒介を取り上げられた神奈は、紅蓮の机から離れた”島”にある机に、手錠で拘束されていた。
「さて、進行状況は」
神奈の拘束を終えると、紅蓮は自席のパソコンで作戦の進行状況を見始める。
皆葉たちの状況にも、実行部隊の状況にも変化はないようだった。
「よかったな、お嬢さん。愛しのお兄様とそのお友達は、無事なようだぞ」
「それはどうも」
無愛想に返事をしながら、神奈は思考する。
(魔術さえ使えれば、こんな手錠すぐに外して逃げられるのに)
拘束されているのは右手。左手は自由に動かせる。
装備は、魔術媒介が取り上げられた他は、特に損耗はなし。トランプは、魔力ありとなしがそれぞれ一束ずつ、神奈のポケットに入れられている。トランプを取り出すことはできるが、
(魔力が込められたトランプがあっても、それを行使するための魔術媒介がなければ無意味。投げてもあの男を始末することはできない)
両手が利き手の神奈ではあるが、彼女の技量では、トランプを魔術の補助なしで投擲することは不可能だった。あくまで、皆葉が実戦で使っていたのを真似たにすぎず、上手く投げられたとしても、紅蓮に致命傷を負わせる威力と精度は望めない。
「なあ、お嬢さん。そのまま頭を捻らせていても退屈だろ。少し話でもしないか?」
「・・・・・・はい?」
突然の申し出に、神奈は驚いた。
「どうせ今のお嬢さんにできることは何もない。だったら、俺の暇潰しに付き合ってくれないか?」
「暇潰し?」
「ああ。俺の役目は、少年を追いつめるための作戦の立案と、実行部隊の指導。それは終わって、あとは傍観者なだけだ。つまり、暇というわけだ」
「貴方の暇潰しに付き合って、私にメリットは?」
「さあて。あるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、一人であれこれ考えているよりは、少しは有益だろう?」
「・・・・・・」
(この男は、いったい何を考えて)
神奈が紅蓮と相対するのは都合三度目だが、詳しい情報は神奈になく、紅蓮の思考が読めない。ゆえに、
「いいでしょう。何の話をしましょうか?」
紅蓮の提案に乗り、活路を見いだすことにした。
午後7時30分——皆葉とメイの戦いまで残り4時間30分。




