水の咆哮 第1章-1
1年ぶりの更新になりました。
ようやく、「水」の人の話に入ります。時系列的には、「生命のはじまり、火の襲来 エピローグ」からの続きになります。
新緑高校の屋上。神皆葉はもう一人の自分——彩破に問われ、自分の胸の内にわき上がる感情を口にした。
「ああ、楽しいさ」
口にしてみて、皆葉は実感する。自分は、今、”楽しい”と感じている、と。
同時に、このままでは”楽しい”日々がなくなってしまうと、自分の心臓に刻まれた”メモリ”が告げてくる。
(動かなくては)
猶予はあまりない。残されたメモリは13。何もしなければ、13日後には神霊石は活動を停止し、命がなくなる。
目の前で騒いでいる3人の女——円麗、水無月メイ、神代神奈を見て、皆葉は動き出す。
「それじゃあ、メイちゃん。また後で」
「ええ、また後で」
一言告げ、皆葉は屋上を後にした。
騒いでいた水無月メイも、皆葉の後を追うように屋上から去っていった。
「また後で?」
皆葉とメイが去って取り残された円麗。すぐに皆葉の後を追おうとも思ったが、去り際の皆葉の台詞に引っかかるものを覚えた。
「ねえ、神奈ちゃん。何か知ってる?」
「……」
麗の問いかけに神奈は黙り込む。逡巡すること数秒、
「……麗さん。お願いがあります」
「神奈ちゃん?」
麗は戸惑う。これまで自分を排除しようとしていた女が、深刻そうな表情で頭を下げていることに。
「……いいよ。お願いって何?」
「実は……」
* *
新緑高校のある教育区の北側には、さらなる施設がある。
研究区。循環型都市の更なる発展のために設けられた区画である。
その最奥に、水無月メイの姿があった。
「……」
メイは、だだっ広い空間に通されていた。彼女一人しかその空間にはおらず、巨大なスクリーンが天井から下げられている。
「……報告を聞かせてもらおうか」
スクリーンに、人影が映し出された。壮年の男で、厳格な雰囲気を醸し出している。
「報告なら、先日レポートを提出しましたが?」
「それなら目を通している」
男は数枚の用紙を取り出し、ぱらぱらと流し見る。
「簡潔でわかりやすい、他の職員にも見習わせたいぐらいにまとまっている報告書だ。だが、何か隠していないか?」
「別に何も。NINJAの利益になることも、不利益になることも、余すことなく網羅してありますが」
「ほう? ならば、なぜ神皆葉を殺さなかった?」
「……」
「君の報告書では、神皆葉を殺せる状況にあったにも関わらず、みすみす見逃している。それはなぜだ?」
「……」
「答えられないか? ならばさらに問おう。わざわざメモリを浪費して、なぜ神皆葉との決着を先延ばしにした?」
「……」
メイは答えない。正確には、答えられないというのが正しい。
彼女の報告書は、皆葉と紅蓮が戦った日の出来事について、ほぼ(・・)網羅されている。神代神奈のことを除いて。
神奈については、紅蓮に捕らえられた後、逃げ出したということで終わっており、皆葉に手助けをしたことや、最後にメイが皆葉と対峙した際に潜伏していたことのすべてが隠蔽されていた。
(はあ、やっぱりこうなるか)
予想はしていたものの、いざ問われると返答に苦慮するメイ。素直に書いておけば良かったとは思うものの、おそらく面倒なことが目に見えていたので、あえてメイは神奈のことを隠蔽した。
『神代神奈は“神の道化”でないにも関わらず、魔術媒介なしで魔術を使うことができる』
メイは、それを知っていた。情報源は、神一族の診療所に設置した盗聴器から。診療所に入った際、皆葉をおちょくるついでに仕掛けておいた、半ば遊び目的のものだったが、意外にも面白い――面倒くさい情報がメイの耳に入ってきた。
魔術を使うには、魔術媒介が必要――正確には、魔術を具現化させる構造図があれば、それに魔力を流すことで、魔術が発現する。構造図とは、いわば”魔法陣”である。しかし、”魔法陣”は作成に手間がかかるのに加え、具現化させる魔術ごとに図形が代わってくるため、現在では数多の魔法陣を宿した魔術媒介を使うのが主流となっている(魔術媒介を作成することについても、相当な実力と手間が要求されるが)。
そのため、”魔法陣”があれば決して魔術媒介がなくても魔術が使えなくはないのだが、神奈が魔術を行使した際には、”魔法陣”はなかった。故に、どうやって神奈は魔術を行使したのか、ということが問題になってくる。
メイはこの件について、隠蔽することを選んだ。
これまで自分が学生に過ぎないのにNINJAの力を借りられているのも、魔術が稀少なものである点につきる。
神奈の件をバカ正直に報告してしまえば、自分の”魔術師”というアドバンテージを放棄することになりかねない。それよりは、NINJA相手に頭を悩ませる方がマシだという利益考慮である。
当初は神奈の件についても報告書に入れようとしていたが、報告書を提出する寸前のところで情報が入ってきてしまい、急遽修正することになった。
「……それは、より確実に神皆葉をしとめるためです」
「ほう?」
「あの時、彼は神霊石の機能を使って逃亡を図ろうとしていました。それを許してしまうと、わたくしにとって不利な展開が目に見えていました。ならば、彼と取引をして逃亡を防ぐ方が得策と判断したので、彼を見逃しました」
「なるほど。ならば、君が神皆葉に対して個人的な感情を抱いていることについては、関係がないと?」
「……ええ。わたくしは、魔術師です。魔術師は、感情よりも理性を尊ぶ者。たとえわたくしが神皆葉に好意を抱いていようが、彼を始末することに影響はありません」
「……そうか」
男は得心がいったのか、それで質問を打ち切った。
「では、君が勝ち残ってもらえるように、我々としても手を打つとしよう」
「何をなさるおつもりで?」
「なに、君が有利になる環境を作るというだけさ。たとえば、神皆葉の身内を人質にとるなり、闇討ちするなり、という具合に」
「無用です」
男の案を、メイは一蹴する。
「わたくしが彼に負けるなど、ありえません」
「ありえない、か。だが、先日君が対峙した豪紅蓮には、敗れたのではないかね?」
「ええ、あの男には敗北しました。ですが、神皆葉であれば、実力からいって負ける道理はありません」
「彼が豪紅蓮に勝利したというのにか?」
「ええ。先の戦いでは、神皆葉にイレギュラーな要素があったためです。しかし、今では彼の情報については、すべて明らかになっています。逆にわたくしの情報を彼は知りません。わたくしの勝利は揺るぎません」
「ほう……ならば、小細工は不要というわけだな。いいだろう、君に任せるとしよう。退室してくれ」
「ありがとうございます」
メイは一礼すると、スクリーンの映像が消えた。メイはそのまま部屋を後にする。
メイが立ち去ってから間もなくして、再びスクリーンに男が映し出される。
「豪君、いるかね?」
「ああ」
男の呼びかけに応じ、豪紅蓮は姿を見せた。
「君の目から見て、水無月君は神皆葉に勝てると思うかね?」
「勝率は半々といったところだ」
「半々とは?」
「順当にいけば、嬢ちゃんが勝つだろう。だが、あの少年には、ただの魔術師にはない何かがある」
「何かとは?」
「口にするのは難しい。簡単に言うなら、奴が普通の魔術師にはない発想をするということだが、それだけではないというのが俺の感想だ」
「ふむ」
男は、少し考え込んでから、紅蓮に問う。
「ならば豪君、水無月君を手助けしてくれたまえ」
「……俺は、神皆葉に危害を加えることはできない。そう制約をかけられているが、俺に何をしろと?」
「なあに、別に神皆葉を攻撃しろというわけではない。水無月君が有利となる環境を作ればいいだけだよ。何も、君が直接手を下す必要はない。NINJAの構成員を使ってくれて構わない」
「……俺は、方法を提案する。あんたの部下たちがそれを実行する、ということか。それならば、制約には反しないな」
「そうだろう。なら、やってくれたまえ」
「了解した」
紅蓮は立ち去り、スクリーンの映像が再び消される。静寂が戻る。
できれば今週中に、次の話を上げれれば……。




