表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/155

水の咆哮 第1章ー1

大分期間が開きましたが、エピソード2になります。

時系列的には「生命のはじまり、火の襲来」の紅蓮戦直後の話になります。

 身体が重い。廃工場の乱立する地区を歩きながら、神皆葉しんみなはは心のうちでぼやく。栄養は少し補給できたが、余分な荷物もあって満足に歩けそうになかった。


 そこに、冷笑な笑みを浮かべる女――水無月命みなづきメイが現れた。


「おつかれさま」


 本人はにこやかに言ったつもりなのだろうが、言われた彼には、まったく嬉しく感じられなかった。


「やあ、メイちゃん」


 愛想笑いを浮かべて、皆葉は返した。


「迎えにまで来てくれるとは、サービスがいいね」


「VIPだから、当然でしょう?」


「VIP……ね。で、お迎えというのは……そういうお迎え、というわけだ」


 メイの手には、先端に宝石のついた杖が握られていた。宝石は皆葉に向けられている。杖からは氷槍が発生し、空中で停止している。杖を向けるメイの表情は能面のように無表情だ。だが、瞳から涙がにじみ出ている。


「……できれば、こうしたくはなかったんだよ。でも、今の貴方を放置しておくことはできない。“火”の神霊石を手にしてしまった貴方は、ね」


「……なるほど。彩破が君と交わした契約は、『豪紅蓮を倒すまでの停戦』だから、その誓約はもう……ない」


 メイの思惑は、皆葉と紅蓮を戦わせて漁夫の利を得るというもの。どちらが勝つにせよ、契約は解除条件を満たすため、メイの狙い通りとなっている。


「驚かないんだね」


「まあ、予想はできることだったから」


 皆葉としても予想はしていた。一応、対策も考えてはいた。だが、想定していないことが、唐突に起きた。




『さて、どうする? 皆葉』




彩破さいは?)


 内から聞こえてくる声に、皆葉は問い返す。


『魔力は空。身体は辛うじて動く程度で、余計なお荷物まで抱えている』


 彩破の指摘するように、状況は絶体絶命。先ほど倒した豪紅蓮を担ぎ、手持ちの物資は尽き、回復術式リカバリー緊急脱出術式エスケープを使わなければ、この危機は脱せそうにない。しかし、


『どちらを使うにしろ、僅かながらの隙が必要。だが、敵の攻撃準備は整っている。さあ、どうする?』


 楽しそうに言ってくる彩破。だが、皆葉は楽しめるわけがない。いや、本来ならば彩破も楽しんでいられるはずがないが、何か策があるように見える。その理由は、


「……そういうことか」


 今までメイしか視界に入っていなかったが、少し周囲を見ると、目につくものがあった。


「ならば……」


 意を決して、皆葉はメイを見据える。


「さて、メイちゃん。僕は君と交渉したい」


「交渉?」


 興味をひかれたのか、メイは正に放とうとしていた氷槍を止めた。


「君が今、僕を仕留めようとするなら、僕は緊急脱出術式エスケープを使う。緊急脱出術式を使う前に僕を始末できれば漁夫の利を得られるけど、上手くいくかどうかは分からない。それは、嫌じゃない?」


「…………それで?」


 メイは眉をひそめて話を促す。


「僕にとっても、残り19……いや、20画のメモリを半分にするのは辛い。そこで、僕が回復するまでの休戦を申し込みたい」


「あたしにとってのメリットは?」


『食いついてきたな』


(黙ってろ)


 内心の声を制し、皆葉は続ける。冷や汗が微かに出ていて、焦っていることを悟られぬよう、平然を装いながら。


「僕の提示できる案は、神霊結晶の使用制限だ。君は僕が2つの神霊石を持っているから今すぐ仕留めたいだろうけど、その有利を放棄する、ということならどうだ?」


「……具体的には?」


「僕と君が戦う時に限り、僕の使用できる神霊結晶は1つに限定する。これなら、条件はイーブンだと思わないかい?」


「…………使用制限できる種類の選択権は?」


「それは、こちらに欲しいな。確かに今は君が有利だし、良い条件を提示できる立場にないけど、僕だって頑張って神霊石を手に入れたんだ。使う時まで、僕に選択権は欲しい」


「………………」


 皆葉を見据えたまま、メイは思考する。提示条件が呑むに値するか否か、呑むとして条件に不備はないか、もっと有利な条件にできないか、と。


「……随分自信があるように見えるけど、あたしが今これを放ったら、君から得られるメモリは減るかもしれないけど、先に時間がなくなるのは君の方。長期的に見れば、その条件を呑まなくても良い」


「そう思うなら、それでもいいさ。それとも、逃げるのをやめて君に攻撃をしようか? もしかしたら、番狂わせが起きるかもしれないけど、それでも構わないかい?」


「その様で?」


「ああ、この様で、だ。聡明な君のことだから、僕が何をやろうとしているのかも、分かっていると思うけど」


 皆葉の言葉には、確固たる自信が見て取れた。無論、満身創痍の現状でメイに仕掛ければ、敗北は避けられない。だが、回復術式を使った上で攻撃してくればどうか? 失った魔力までは戻らないが、逃げ回ることはできる。それだけだと起死回生には繋げられないが、他の要素があればどうか? その他の要素……メイには見えていないが、皆葉には見えているもの。それは、


「そういうことか」


 メイは杖をおろす。氷槍は消失していく。


「わかったわよ。条件を呑む。ただし、2つ条件がある。次にあたしと戦うとき、君の緊急脱出術式と回復術式の使用を禁止する。それと、君が回復したならすぐにあたしと戦ってもらう。場所は、学校のグラウンドで、逃亡は許さない。この2つが呑めるなら、契約術式で約束するわ」


「OKだ」


 皆葉は即座に応じた。これ以上の条件は、立場上提示できない。メモリを使う術式を制限するのは、この場で見逃すメリットが報酬のメモリを減らさないためであり、かつ皆葉を逃がさないためである。


「なら、契約しましょう。具体的な休戦期間は? あまり長い期間を要求されると、私の気が変わるわよ?」


「……3日間欲しい。今が土曜日になったばかりだから、火曜日の深夜零時。これでどう?」


「……いいわよ。契約術式起動!」


 メイが術式の起動を宣言すると、虚空に光が現れる。




「契約対象・神皆葉。

 契約内容・現在から3日間が経過するまでの休戦。休戦期間終了後、新緑高校グラウンド及びその周辺で決着が着くまで戦闘を行う。


 条件1・神皆葉は水無月命との戦闘時、回復術式及び緊急脱出術式を使用できない。

 条件2・神皆葉は水無月命との戦闘時、神霊結晶は1つしか使えない。


 契約条件提示!」




 光はメイの宣言した言葉を虚空に書き出していき、最後の言葉と共に、文字列が皆葉の前へ移動していく。


「契約条件応諾!」


 皆葉が返答する。メモリが5画失われていくのを二人は実感し、ここに契約は成立した。


「それじゃあ、ミナ君。3日後に会いましょう」


 踵を返し、メイは立ち去っていく。歩きながら彼女は一言、


「あ、そうそう。神代神奈さん。もう少し殺気は隠した方が良いわよ」


 隠れている神奈に告げて、姿を消していった。




 メイが完全に見えなくなるのを確認してから、紅蓮を降ろして、皆葉はその場に座り込んだ。


「お疲れさまでした、兄さん」


 廃工場の陰に隠れていた神奈が現れた。


「助かったよ、神奈。君がいなければ、彼女と交渉できなかった。それにしても、よく我慢できたね」


 血気盛んな神奈が動かなかったことに、皆葉は少し驚いている。


「あの場で動くのは得策じゃありませんでしたから。あの女を殺すにしても、逃げるにしても、結果は良くないものになったでしょう。せっかく助けたその男が命を落とすかもしれないし。それに、あの女を生き返らせる手段がないまま戦うのは、兄さんの本意ではないでしょう?」


 冷笑を浮かべながら、神奈は皆葉をじろりと睨む。


「全部お見通しか。神奈にはかなわないな」


「ええ、私は兄さんのことなら何でも知ってますから。それで、ここからどうやって帰りますか?」


「さすがに、もう動けないよ。メイちゃんは引いてくれたから、特に妨害がなければタクシーでも呼びたいけど」


「あの女が休戦したからといって、後ろにいる組織がそうしないとは思えませんけど」


「なら、回復するまで少し待つか」


「そうですね。この男に監禁されて兄さんとしばらく会えませんでしたから。色々お聞きしたいこともありますし」


 神奈は皆葉の隣に座り、もたれかかる。


「さて、何から聞きましょうか。とりあえずは」


 神奈は皆葉に顔を寄せて、




「兄さんは、兄さんですよね?」




「……ああ、僕だよ」


 紅蓮との激突の前、神奈と交わした会話が想起される。


【僕は、僕でなくなるかもしれない】


 神霊結晶を使えるようにするため、脳の神経接合を正常に戻した。それで、2人の“神皆葉”はどうなってしまうのか、皆葉自身大きな不安を抱えていたが、神奈も同じだった。二度と皆葉に会えないのではないか、と。


「良かった……」


 神奈は嘆息し、皆葉に抱き着いた。


「兄さん、兄さん……!」


 泣きじゃくりながら、神奈は皆葉を呼び続ける。


「ごめんよ、神奈。大丈夫だから」


 神奈の頭を撫でて、皆葉は落ち着かせようとする。


(大丈夫、大丈夫……僕は、全部守ってみせる)


 自分自身にも言い聞かせるように、皆葉は言い続ける。内心の不安を紛らわせるために、だが、




『まあ、今のところはだな。大丈夫と言えるのは』




 内から再び声が聞こえてくる。あざ笑う声が。


(うるさい)


『お前自身、分かってるだろう? オレがその気になれば、いつでも表に出れることを』


(うるさい)


 そんなことは知っている。


『なんだったら神奈に言ってやろうか? 僕は不安だって』


(うるさい)


 そんなことを言ってどうなる。


『それとも、神奈を抱いてやろうか? こいつは喜んで受け入れるだろうし、不安も一時は忘れられるだろう?』


「うるさい!」


 繰り返される彩破の囁きに、つい内心で答えていた言葉を口に出してしまった。


「兄さん?」


「ああ、すまない。何でもないんだ」


『おいおい。いきなり怒鳴るなよ。神奈が怖がるぞ?』


(誰のせいだと思っている)


『ちょっとした嫌がらせじゃないか。とりあえずは、お前が仕損じなければ、オレは表に出るつもりはないさ。さっきも無事切り抜けられたから、出なかっただろう?』


(……)


『あとは、オレが出ることで何か面白くなりそうな時は出てくるかもしれないがな。まあ、楽しくやろうぜ、み・な・は』


(こいつは……)


 “神皆葉”という肉体を共有している以上、自分にとって不利になることはしないだろう。動くとすれば、自分で語ったように自身の安全のためか、自身の愉悦のためか。ならば、肉体を共有する隣人として、上手くやっていくしかない。


 そんなことを考えていたら、神奈が心配そうに見ていることに気が付いた。


「兄さん? 怖い顔をしてどうしたんですか?」


「いや、何でもないんだ」


 否定するが、神奈は疑いの眼差しをやめない。


「何でもあります。私は、兄さんをずっと見てきたんですから、何でもないことはないのは、見てれば分かります」


「…………」


(見れば分かる、か。どの道いつかは知られてしまうなら、伝えておくべきか)


「神奈。実は」


 数舜逡巡してから、皆葉は自分に起きていることを神奈に語り出した。


「……大丈夫ですよ、兄さん」


「神奈?」


「貴方の中にいる彩破が出てきても、私が何とかします。たとえ兄さんを乗っ取ろうとしても、私が兄さんを引き戻してみせますから。だから、不安がる必要はないですよ」


 そう言うと、神奈は皆葉の頭を撫でだした。


「大丈夫です。いつだって私は兄さんの傍にいますから」


「……ありがとう、神奈」


 妹の優しさに感謝の念しか出てこない。ただ、


「嬉しいんだけど、君によしよしされると、何だか気恥ずかしいんだけど」


「いいじゃないですか、たまには。別に、見ている人はいないんですし」




「あー、せっかくいい雰囲気のところ申し訳ないが、見ている輩はいるのだが」




 どこからか声がしてきた。女性の声だ。


「律華先生」


 顔を上げると、少し離れたところに竜律華の姿があった。


「よう、皆葉。とりあえず生き残れたようだな」


 特に感慨もなく、律華は飄々と近づいてきた。


「兄さん。この人誰ですか?」


 神奈は面識のない人間を見て警戒する。即座に立ち上がり、身構える。


「はじめましてだな、神代神奈。私は竜律華。皆葉の通う学校の保険医だ。警戒するのは無理もないが、私はお前たちに危害を加えるつもりはない」


「兄さん?」


「ああ、この人は問題ない。僕に魔術やこの戦いについて教えてくれた人だ」


「……そうですか」


 警戒を解く神奈。しかし、油断は見せない。


「それはどうもありがとうございました。それで、竜先生はここに何をしに来られたんですか?」


 刺のある物言いで、神奈が律華に問う。


「なーに。弟子の晴れ舞台の見学をしていただけさ。決着がついたから様子を見にきたら、お前たちの楽しい現場に遭遇した、それだけさ」


「先生、いつから話を聞いてましたか?」


 その答えに、今度は皆葉が尋ねる。


「お前がメイと歓談しているところからだな」


「だったら、何で兄さんを助けないんですか!?」


 律華の回答に神奈は憤る。


「勘違いするなよ、神代神奈。確かに私は皆葉に指南をしたが、あくまでそいつに治療をしてもらったことと、刹那から受けた恩があったからだ。メイとの関係においては、私はどちらの味方をするつもりはない」


 何の感慨もなく、律華は答えた。


「……」


 神奈はそれ以上尋ねなかった。相手は“魔術師”なのだから、“理”でしか行動はしない。律華の回答がすべてだった。ただ、皆葉には気になることがあった。


「なら、どうして今更出てきたんですか? 彩破との約束では、僕の世話は魔術の指南をするだけでしょう? それを終えた以上、先生が僕に関わる理由はないはずですが」


「おいおい。冷たいことを言うなよ。確かに私は、お前とメイとの関係については、中立だ。だが、それを除けばお前は教え子なわけだし、面倒を見るぐらい吝かではないさ。それに、メイは休戦すると言っているが、あいつの背後にいるNINJAはどうだ?」


 律華の言うように、メイとの間で交わした契約は、神の道化との間でのみ有効。他の人間がやることに干渉はできないから、NINJAが皆葉を襲撃することは防げない。


「私はNINJAに一応属しているが、奴らの犬ではない。というより、嫌悪している。教え子を奴らに殺されるのは面白くないから、その点に関してはお前を助けるつもりだ。こうして足も持ってきたしな。ついて来い」


 律華は紅蓮を担ぎ、歩いてきた咆哮へ向かっていく。


「兄さん。どうしますか?」


「行こう。あの人は、信頼できる人だ」


 ぶっきらぼうな人物ではあるが、誠実な人である。実際、この場に留まって回復を待つことは、危険であるのに違いないし、他に頼れる手段もない。


 皆葉は神奈の手を取って律華についていく。


 しばらく歩くと、彼女が乗ってきたと思しき自動車が見えてきた。


「乗りな」


 紅蓮を助手席に乗せると、律華は自動車に乗るよう促す。皆葉と神奈は指示に従い搭乗する。


「とりあえず、診療所に行くぞ。この男に関しては、私がNINJAと話をつけておいてやる。」


「ありがとうございます、先生」


「礼には及ばんさ。診療所に着くまではゆっくり休みな」


「そうします」

 

 ようやく安心できる状況になり、皆葉の緊張の糸が切れた。忽ち眠気が襲ってくる。


「悪いけど神奈。着いたら起こしてくれ」


「お休みなさい、兄さん」


 ようやく、皆葉の長い1日が終わった。

後2話程、戦闘直後の話が続きます。その後は、エピソード2本編を書いていこうと思うのですが、まだまだまとまっていません。

散々時間をかけましたが、今しばらくお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ