生命のはじまり、火の襲来 第7章ー2
放課後。皆葉は校舎の屋上へ向かっていた。呼び出しを受けたのだ。
「……さて、どこから聞きたい?」
屋上の扉を開き、そこで待っている人物に尋ねる。
「そうね……とりあえず、私が君に怒ったことについて、どう考えているのか聞きましょうか」
麗は、ベンチに掛けて皆葉にも座るよう促す。これに応じて、隣に皆葉は掛ける。
「……」
「……」
話をしようと会ったが、どちらも口を開こうとしない。質問を投げかけたのは麗であって、先に言葉を紡ぐべきなのは皆葉。だが、皆葉は真剣な面もちで、悩んでいる。
「……」
「…………ねえ、いつまで黙っているつもり?」
焦れてきた麗が、問いかけた。
「…………いや、ちょっと照れくさくてね」
「照れくさい?」
「ああ。今まで、基本的には名字でしか、他人のことを呼ぶ習慣がなかったものだから、いざやろうと思うと、照れくさいんだ」
頭を掻き、困ったような表情を浮かべる皆葉。それを察したのか、麗もまた、ほんのりと顔が赤らんでいく。
「……私は、もう手を伸ばした。だから、後は君がそれを握り返すだけ、じゃない?」
「ああ、そうだな…………麗、さん」
「…………固いなー。でも、許してあげる」
麗の手が、皆葉の肩に伸びていく。
「さて、皆葉君。この間の質問について、答えは出た?」
「答えって?」
「あの生徒会長と、エキセントリックな妹。それから私について、どう思っているか」
「それは……」
顔を反らそうとするが、麗はそれを許さない。肩にあった手が顔を押さえて、彼女へと向かせる。
そして、徐々に2人の距離が近づいている。
「さあ、答えは? 早くしないと、どうなっても知らないけど」
「あの、その……」
「ほら、あと少しでくっついちゃうわよ?」
淫靡な笑みを浮かべて、反応を楽しむ麗。どうにか皆葉は返答しようとするが、答えはまだ、見つかっていない。
「じー」
ハッと、二人はその声のした方を見る。1メートルぐらい離れたところで、しゃがみながら観察する、素顔の律華の姿があった。
「あー、私のことは気にせず、不純異性交遊に興じてくれ」
「できるわけないでしょうが!」
怒りと共に、麗は皆葉から手を離す。解放されたことに安堵して、皆葉は律華に礼を言う。
「助かりました、先生」
「いや、別に助けたつもりはないが。ちょっとお前に知らせておこうと思ったから探してたまでで、都合が悪いなら後にしても構わんぞ?」
「だったら、後に」
「いいえ! 今すぐ、お聞かせください!」
麗が追い返そうとするが、凄い勢いで皆葉は頼み込んだ。
「そうか? さて、とりあえず神代神奈が高等部に編入されたことについてだが」
律華は語る。神奈が皆葉たちのクラスに編入されたのは、今後の戦いで皆葉が神の道化に襲われた際、フォローができるようになるべく近くにいたいという、彼女の要望があったからだそうだ。それに、彼女の学力にも不足するところはなく、先日退学処分にした学生が出たので空きができ、飛び級が認められた。
「はい、律華先生」
「何だ、円麗」
「あのグレン=ホンダと名乗った男、豪紅蓮ですよね。どうしてこの学校にいるんですか?」
「ああ、それか。とりあえず、皆葉。お前から、奴が生きている理由について教えてやれ」
「分かりました」
皆葉は語る。先日の戦いの顛末を。
* *
数日前。金曜日から土曜日に変わる直前。
皆葉の神霊結晶――槍が、紅蓮の身体を貫いた。槍は、紅蓮から神霊石を抉り出し、紅蓮は死亡した。だが、
「……どうして俺は、生きている?」
死んだ男の瞼が開かれた。神霊石を抉られた左胸には、傷一つない。
「それは、僕があんたを生き返らせたからだ」
「生き返らせた?」
「心臓に触れてみるといい」
言われて紅蓮は、自分の左胸に触れてみる。すると、ドクン、ドクンと鼓動がしてきた。
「このゲームのルールは、他の神の道化から神霊石を奪い、最後の1人になるまで生き残ること。別に、神霊石を奪い取った相手を、生き返らせてはならないというルールはない」
「……それはそうだが、どうやった?」
「簡単な話さ。心臓を創り出した」
「創った……だと?」
紅蓮は驚く。いくら“生命”の神霊結晶とはいえ、死者を蘇生できるとは。いや、できる技量があったとしても、自分の身内を傷つけてきた敵を生き返らせるとは。紅蓮は理解できない。
その疑問に答えるように、問われてもいない質問に皆葉は応じる。
「はっきり言って、この結論に至るまで相当悩んださ。僕は、誰も殺したくなかった。父さんのような医者になりたいと思い、今まで生きてきたのに、それが人殺しをしろなんて。悪い冗談だと思ったさ」
でも、と一呼吸置いて、
「せっかく与えられた生命の力なんだから、どうにかできないか、そう思った。色々考えた結果、心臓の機能を果たしている神霊石がなくなっても、新たな心臓があれば生きていけるのではないか、という結論に至った」
「だが、どうして創れた? 表面的な傷の治療なら、そこまでのイメージはいらないが、臓器ともなると、普通の人間にはイメージが沸いてこないはず」
「ああ。だから、病院で1日訓練してきた。心臓に病を持っている人の治療もしたし、他にも様々な症例に触れてきた。そうして、どうにかイメージができた」
皆葉は自分の胸を指し、心臓を示す。
「――これのイメージが。あとは、神霊結晶なしでできるか、という問題もあったけど、杞憂に終わって良かったよ」
「神霊結晶なしだと?」
「ああ。僕は元々、正式な神の道化ではなかったらしい。あんたが相手した、好戦的な僕。あれが、もう1つの人格――彩破。彼が、本来の神の道化だった」
「……なるほど」
紅蓮は得心する。1戦目と2戦目では、神皆葉という人物像が非常に違っていた。二重人格ということであれば、納得が行く。
「だが、少年。俺が君を襲うことは、考えないのか?」
「もちろん、考慮してないわけがない。だが、今のあんたには、無理だ」
「何だと?」
反抗しようと、身体を動かそうとする。だが、紅蓮の身体はいうことを利かない。
「いくら心臓が元に戻ったとはいえ、あんたの身体は本調子じゃない。さっき、神霊結晶を失った時の状態と、大差ない。それに、僕に攻撃できないよう、暗示もかけてある」
「……抜かりのないことだ」
ため息を吐き、しかし笑みを浮かべる紅蓮。
「さて、聞きたいこともあるし、あんたの処遇についても、色々と検討が必要だろう」
紅蓮はCIAのエージェント。本来なら死んでいるはずの彼が、生存している現状を、どう説明して、その後はどうするのか。皆葉だけでは決められない問題がある。
「とりあえず、あんたをNINJAに引き渡す。そこから先は、あんたが決めてくれ」
皆葉は動かない紅蓮の身体を担ぎ、歩き出した。




