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生命のはじまり、火の襲来 第6章ー8

「神奈!」


 覚束ない足に鞭打ち、慌てて皆葉は駆け寄る。地面に突っ伏すまえに、支えることができた。


「すみ……ません、にい……さん。私の……せい……で、あの男を、逃がして……しまい……ました」


 言われて皆葉は周囲を見渡す。神奈の言うように、既に紅蓮の姿はない。ほんの少し目を離した隙に、逃走を許してしまった。


「謝らないでくれ! 僕がミスったから、お前を傷つけてしまった……すべて、僕の責任だ……!」


「いいえ、私が……ドジなだけ、です。兄さんは……ちゃんとやるべきことを、しました。さっきの爆発だって、兄さん1人なら、無傷で済んでたかもしれないのに……私を庇ったから、傷を負ってしまった。兄さんが、気に病むことなんて……何一つ、あり……ません」


 ごぼっと、血を吐き出す神奈。慌てて皆葉は、突き刺さったカードを使い、それを神奈の血肉へと変化させ、治療していく。傷がみるみるうちに癒えていく。


「……兄さん。おそらくあの男は、回復術式(リカバリー)で完全な状態まで回復してきます。そして、もう二度と、接近することはできないでしょう」


「ああ……そうだな」


 直接拳で触れずに、身体についた血液を操作して、重傷を負わせたのだ。とてもではないが、“生命”の恐ろしさから、接近を許しはしないだろう。念には念を入れて、神霊結晶も使うかもしれない。


 紅蓮の推定の残メモリは、今日の時点で12。回復術式を使えば残り2――時間にして1日と1時間。さらに神霊結晶まで使えば、残る紅蓮の時間は1時間だけだ。


「あの男は、“火”の神の道化だからな。神霊結晶を使えば、遠距離からでも僕たちを始末できる。回復術式も使って残りが1時間だけになっても、余裕で勝利できる。勝てば、メモリも回復するしな」


 神の道化同士の戦いに勝てば、倒した相手に残っているメモリを加算できる。今の皆葉の残りは21。このままの状態で紅蓮が皆葉を倒せば、21メモリ回復する。


「それで、兄さん。神霊結晶は、使えますか?」


 その問いかけに、皆葉は首を横に振った。彼は、正式には神の道化として認められておらず、その身に宿した神霊を見ることができていない。


「なら、私が戦います。それ、もう1度貸してくださいね」


 神奈は皆葉の左手に優しく触れて、握られた拳を開く。指輪を取り、再び左手の薬指に身につける。


「無茶だ! 神の道化でもないお前が、あの男に勝てるわけが」


「大丈夫ですよ、兄さん。接近しての格闘では遅れをとりましたが、魔術のやり合いなら、得意ですから」


 立ち上がり、軽く自分の胸を叩いて、アピールする神奈。傷が癒えて、自分の力で立ち上がれるようだ。だが、力の差がありすぎる。ただの魔術師でしかない神奈に、紅蓮の神霊結晶に勝れる理由などない。


 皆葉は再び首を横に振り、神奈を制止する。


「ダメだ! これは、僕の戦いだ。僕を殺せれば、奴は自分に牙を向けない限り、お前にまで手を出さない。だから、僕だけで戦う!」


 

「……なに、寝言を言ってんですか」



 一閃。神奈の平手が、皆葉の頬を叩いた。


「かん……な?」


 いつも自分を優しく支えてくれた妹が、自分を叩いた。少なくとも、皆葉の前では激昂することのなかった彼女が、初めて皆葉に対して怒りを見せた。


「私の知ってる皆葉兄さんは、どんな状況でも諦める人ではありません。いくら追いつめられてるからって、自分の命を捧げて、私を護る? ふざけないでください!」


 再度、往復するように平手が飛ぶ。


「私にとって、兄さんは一番大事な人なんです! 兄さんを置いて1人生き残るなんて、私は絶対に嫌です! だから、私が行きます!」


 3度目。今度は、平手ではなく拳だ。皆葉は尻餅をつく。


 兄を殴り終えた少女の目には、涙がにじみ出ていた。袖で涙を拭い、神奈は歩き出す。


「待て、神奈!」


「止めないでください。ここから先は、私がやります」


 神奈は振り向かない。二人の距離はどんどん離れていく。




「……」


 皆葉は悩む。もはや、自分に神奈を止める術はない。神霊結晶が使えないならば、神奈との力量にそれほど違いはない。少なくとも神奈は、皆葉よりは魔術の経験を多く積んでいる。ならば、神奈が戦うのが最善。


「何を考えている!」


 小さく、怒鳴る。自身に対して。そんな思考に至った皆葉は、自分を叱責する。


「考えろ、考えろ……!」


 どうすれば、この状況を打破できるのか。


 あと1時間以内に決着は着くだろう。紅蓮が回復術式を使うことは必然だし、遠く離れた場所から皆葉を始末しようとするなら、神霊結晶しかない。他にも、遠距離から攻撃できるような狙撃銃や重火器があるかもしれないが、その程度では皆葉の息の根を止めることはできないからだ。


「どうすれば、どうすれば……!」


 どうすれば、紅蓮の神霊結晶に対抗できるか。皆葉の属性は“生命”。その特性は、触れた相手――ないしは近い相手に対しての干渉。遠く離れた相手には役に立たない。


「生命、生命……!」


 生命……魔術……生命エネルギーを変換……属性……。


 1つ、その思考過程から皆葉に閃きがでてくる。だが、やはり肝心なのは、神霊結晶。


「神霊結晶……彩破」


 彩破ならば、神霊結晶が使える。『神皆葉(もうひとりの自分)』は、神の道化なのだ。ならば、なぜこれまで『(しん)(みな)()』の身体を使ってきた自分には、神霊結晶が使えないのか。


「右脳と左脳……ハードとソフトフェア」


 神霊石は、左脳の彩破だけを、神の道化として認定している。左脳と右脳が別個に扱われているからだろう。別個、別個……


「ああ!」


 最後のピースが埋まった。自分が神の道化として認められる方法。だが、


(見えた。でも、上手く行くかは……でも!)


 ――皆葉は躊躇する。理屈の上では可能なはずだが、リスクが大き過ぎる。しかし、躊躇っている暇はない。今まさに、無謀な戦いへ行こうとする神奈を止めなければならない。



「待つんだ、神奈!」


 皆葉は駆け寄り、神奈の腕を掴んで歩みを止める。


「離してください!」


「いいや、離さない! 僕が……奴を倒す!」


「え?」


 神奈は驚いた。つい先ほどまで、自分が犠牲になって神奈を護ると言ってたのに、急に積極的な――勝利することを宣言したことに。


「分かったんだ、僕にも……神霊結晶を使う方法が!」


「なら、大丈夫ですね」


「いや、そうでもない。神奈……今から僕は、()()()()()()()()()()()()


「はい?」


 何が言いたいのだろうか。神奈には分からない。


「僕の中には、もう1つの人格がある。そいつが、僕の身体を支配しきってしまうかもしれない」



 皆葉は話した。神の道化になったことによって左脳が復活し、そこに彩破という人格ができたことを。彩破が、神の道化として認定されていることを。


「今から僕は、脳をいじくる。別個として扱われている2つの脳を、生命によって接合を強化する。多分、それで2つの脳全体が1つとして神霊に認識される――()も、神の道化として認定されるはずだ」


 神の道化になった時、左脳が復活した。だが、完全には修復されていないのだろう。正確には、左脳自体は元に戻ったが、右脳との神経接合が不完全で、左脳だけが神の道化として認定された。右目だけが碧眼になっているのも、それを裏付けている。


 ならば、脳の神経接合を強化して、1個の完全な脳と神霊石が認定できれば、右脳を司る皆葉も神霊結晶が使える。だが、肉体の主導権や、皆葉と彩破という2つの人格がどんな影響を受けるのか、皆葉には分からない。だからこそ、神奈に最後の言葉を伝える。


「これから先、僕という人格がどうなるのか、分からない。でも、神奈。お前だけは、僕が護る。僕から離れて、待っていてくれ」


 神奈の腕を掴んだ手が離される。皆葉は歩きだし、同時に緑色の光に身体が包まれていく。魔術による手術を始めるのだ。


「兄さん」


 去ろうとする皆葉の手を取り、自分のいる方に神奈は振り向かせる。そして、




「――――大丈夫です。私は兄さんを、信じていますから。兄さんがどんな風になっても、私は兄さんを愛します」




 唇を重ねて、慌てて神奈は走り去っていった。

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