生命のはじまり、火の襲来 第5章ー3
午後7時。訓練施設は、2つの液体で汚れていた。皆葉と麗が流す汗であり、そして血液である。
施設の隅で横になり、息を切らせている人影がある。円麗だ。既に訓練開始から5時間が経過しており、途中何度かの休憩は挟んだが、それでも疲労が蓄積して、ついに倒れてしまった。
麗は、横目で戦っている2人の姿を見ている。
片方は、余裕で未熟な弟子を捌いている竜律華。汗1つかかず、振り回される拳も、襲いかかってくる様々な魔術も、華麗に防いでいた。反撃するだけでなく、罵倒を交えられるほどの余裕である。
もう片方は、麗と同じように息を切らせて、師匠に一矢を報いようと足掻く神皆葉だ。慣れてきたのか、魔術の発動スピードも向上し、余裕を見せる律華を、時折焦らせることもできている。
2人の戦いは、放っておけば、後1時間は続くかもしれない。しかし、そこに水を差す者が現れた。勢いよく扉が開けられ、早足で近づいてくる。
「お二人とも、少し中断してください!」
施設全部に届くような大声で、水無月命は叫んだ。その声に気づき、皆葉と律華の動きが止まる。
「何だ、メイ。少しは楽しくなってきたところなのに」
「申し訳ありません。ですが、緊急事態です。これを見てください」
メイが差し出したのは、1通の手紙。手書きではなく、PCで印刷したもののようだ。
それを見ようと、皆葉の後ろから麗も覗き込んでいる。
『拝啓 神皆葉様。及びNINJAの諸君。
俺は、豪紅蓮。先日、君と戦った者だ』
「これって、あの迷彩服の男!?」
「そうです、円さん」
普段なら嫌みを言いそうだが、本当に緊急なのか、メイは余計なことを言わなかった。
「つい先ほど、CIA経由でこちらに連絡が来ました。簡単に言うと、ミナ君宛の果たし状です」
「「果たし状!?」」
皆葉と麗が、声を揃えて聞き返す。
「そうです。ともかく、読んでください」
言われて、皆葉は読み進める。そこには、こんなことが書かれていた。
『神代神奈を拉致した。2日後の午後9時、商業区の廃工場が乱立する地区へ、神皆葉が来い。ギャラリーは拒まないが、加勢は無駄になるだろう。持参する物に制限は設けない。
神皆葉との一対一の決闘を所望する。なお、廃工場を探すのは結構だが、神代神奈は見つけられるような場所には監禁していない』
読み終えると、皆葉は手紙を握りつぶした。拳が小刻みに震えている。
「ミナ君。分かっているとは思うけど」
「ああ、問題ない。ダメもとだけど、メイちゃん。一応、探してもらえる?」
無言で首肯して、メイは施設から去って行った。
「先生。続きをお願いします」
「それは構わないが、皆葉。お前、戦略は練ってあるのか?」
「それは……」
言われて、皆葉は言葉に詰まる。自己満足と揶揄されそうなことは思いついているが、どうやって紅蓮を打破するか、その方法については考えが至ってないからだ。
「なら、まずは対策だ。ちょうど晩飯時だし、今日の所はこれで引き上げよう」
律華が指を鳴らす。すると、彼女の足から茶色の光―― “地”の力が床全体に広がり、汚れていた床が、一気に綺麗になる。丹念に時間をかけて掃除をしたかのように、床は照明を反射して眩しいぐらいに輝いている。
皆葉と麗は、師匠の技に感動を覚えつつ、一足早く出て行く律華を追いかけていった。
午後9時。朝と同じように、皆葉、麗、律華は診療所の診察室にいた。律華が、豪紅蓮に関する情報をホワイトボードに書き込んでいる。
「さて、判明していることは、敵の名前が豪紅蓮。CIAのエージェントで、“火”の神の道化。後、他に気づいたことはあるか?」
「と、言っても先生。シン君は眠っていたし、私は豪紅蓮が神霊結晶を展開した後の戦いしか見ていません。先生に至っては、気絶していたじゃないですか」
そう。麗の指摘するように、この場にいる人間は、全員、先の戦いを見ていない。冒頭で律華が挙げたことしか、情報がない。
「なら、あたしが教えてあげましょう」
勢いよく、ドアが開けられた。そこに立つのは、尊大に構える、メイだった。
「生徒会長サマ。あんた、随分楽しそうね」
「ええ。楽しいですよ、円さん。ミナ君の役に立てると思うと、それだけで嬉しいです」
返事はするが、メイは麗の顔を見ていない。その視線は、皆葉に注がれている。
「では、あたしの知りうる限りのことを書きましょうか」
律華からマーカーを受け取り、メイは軽やかにホワイトボードに記していく。
豪紅蓮。メインウェポンが突撃銃と手甲。サブウェポンとしてリボルバー拳銃が1丁。神霊結晶は、ブーメランと弓に変形する盾と、矢を生成する籠手で、遠近両方に対応できる武装。軍隊出身者なのか、近接戦闘の身のこなしも尋常ではない。結果として彩破から逃走したが、奇手を打ってどうにか撃退できたぐらいで、まともにやりあうのは危険。
「と、いったところですか。ただ、魔術自体はさほど得意ではないと思います。リボルバーを使った時も、弾丸に“火”の力を付与させて爆発させるだけでしたし」
一通り説明を終えたメイは、見る方からしたら非常に苛立つ、ドヤ顔をして見せている。特にいとましく思った麗が食いつく。
「熱弁をふるってもらったところ悪いけど、あんたなら、どうするわけ? 聞いてると、楽勝でしょ、と言ってるように聞こえるけど」
「ええ。初戦では後れをとりましたが、手の内が分かった以上、あたしは勝てますね」
言葉通り、メイには自信が満ちあふれていた。何を言うのか、と侮蔑するような顔で麗を見やる。だが、麗は覚えていた。
「ふーん。遠目で良く分からなかったけど、たしか私の記憶だと、腕を消し飛ばされてボロボロ涙を流してた人がいたようなぁ」
ぴくり、と言われた少女の眉が動く。
「そうそう、思い出した。自分も同じ様にビビったくせに、偉そうに講釈を垂れてくれた、同い年で生徒会長をやっている人がいたようなぁ」
もったいぶった物言いをして、麗はちらりとメイを見る。メイは、恨めしそうに麗を睨みつけている。
「おや。どうしたの、水無月センパイ?」
「別に、何でもありません! 神代さんの捜索に戻ります!」
勢いよくドアが開けられ、メイは飛び出していった。
「……あいつのことは置いておくとして、話に戻ろう。聞く限りだと、豪紅蓮という男。訓練を始めたばかりのお前に、勝ち目があるとは思えないが、どうする?」
「……考えがあります」
「ほう?」
思わせぶりな物言いに、律華は興味を惹かれたようだ。早く話せと、目で促してくる。
「メイちゃんも言ってましたが、魔術が不得手。そこに、付け入る隙があると思います」
「どうしてだ? 相手は、遠近どちらにも対応できる、言わば万能選手だぞ? 一方お前には、基本的には接近戦しか活路はない。お前に勝ち目はないと思うが?」
律華の指摘は、皆葉が“生命”の神の道化であるからだ。“生命”は、生命エネルギーを操る力。体外に出ると、生命エネルギーは忽ち拡散してしまう。故に、対象に触れなければ効果はない。応用が利く力ではあるが、接近戦が基本となる。
そして、相手は“火”の神の道化。遠距離からでも、十分に皆葉を倒す力がある。つまり、近づくことが難しく、接近するまでに殺される可能性が高い。また近づいても、相手はプロの兵士。つまみ食い程度の技量しかない皆葉では、接近戦でも分が悪い。
「たしかに、まともにやりあったら、僕に勝ち目はありません。ですが」
律華をしっかりと見据えて、皆葉は力強く言い放つ。
「その人は、彩破――『神皆葉』に敗れました。もう一人の彩破にできて、皆葉にできないということはありません。要は、やり方次第、ということです」
その台詞は、自信から出たものだろうか。それとも、自分を追い込むために言ったのだろうか。真意はともかく、その場にいる律華は、満足していた。
「言うじゃないか。それで、残り時間は2日しかないわけだが、お前のプランは?」
「今日と同じ訓練をお願いします。それから、試してみたいことがあるのですが……」
皆葉は律華に近づき、耳打ちする。
「ふむ。そういう工作は得意ではないが、メイに頼めばどうにかなるだろう。了解した」
律華は立ち上がり、診察室から出て行く。
「シン君。何を頼んだの?」
興味深そうに、麗は顔を近づけて訊いてくる。
「ちょっと、今日できなかった別の訓練をしてみたくてね。必要な道具の調達と、それができる場所に入れるようにお願いしたんだ。それより円さん。顔が近いんだけど……」
「半日前は、あんなに密着したくせに?」
からかうように、皆葉が乱暴した事実を出してくる。錯乱して、押し倒したことが皆葉の脳裏に蘇る。
「あ、あれは……」
「あー忘れてた」
出て行った律華が、2人を邪魔するような大声を出して、戻ってきた。
「円麗。決闘が終わるまでは、ここで寝泊まりしろ。心配はないと思うが、人質が増えると面倒だからな」
「それは構いませんが、私の服とかは」
「問題ない。伝え忘れていたが、お前たちの家族には部活の合宿ということで、話を通してある。忙しくて戻る暇がないということで、私がこれから取りに行ってくるさ。学校も欠席扱いにならないようにしてあるから、心配するな」
「……手回しには感謝しますが、先生お一人では危なくありませんか?」
手際の良さに感嘆しつつ、麗は質問する。いくら律華が強いとはいえ、女性だ。豪紅蓮のような手練れに襲われたら、対処できないかもしれない。
「それこそ無用な心配だ。私に勝てる奴など、地上に1人か2人しかいない。それに、皆葉との関係でいえば、お前よりは薄い。私を拉致する理由はないさ」
それは自惚れではなく、ただ事実を言うだけだった。自信の程が、律華から感じられる。
「では、私は行く。今日中には戻ってくるつもりだが、2人とも。――不純異性交遊は、ほどほどにしてくださいねー」
メガネをかけて教師の顔に戻った律華は、2人を茶化して出て行った。




