生命のはじまり、火の襲来 第5章ー2
暗い密室。そこには多数の大型機械がある。しかし、1つとして稼働しているものはない。所々に錆が目立ち、何年も使用された形跡はない。そこは、廃工場だった。
工場の休憩室に1人、少女がいる。後ろ手に手錠で繋がれ、足も同じように拘束されている。しかし、怯える様子は見えない。ぼんやりと、他のこと――自身のことではなく、他の人がどうなっているかを考えている。
「……誰ですか?」
少女は拉致されているにも関わらず、落ち着いて来訪者を見る。
「やあ、お嬢さん。手荒な真似をして申し訳ない」
機械的な笑顔を浮かべて詫びるその男には、片手がなかった。
「俺は、豪紅蓮。ちょいとお嬢さんには、人質になってもらいたくて、お越し願った」
「人質?」
少女には理解できない。なぜ、自分を拉致するのか。実家には多少お金があるが、もっと裕福な家庭はいくらでもある。あえて、彼女を拉致する理由はないはずだ。
「そう。ある人物をおびき寄せる、餌になってもらう。ああ、安心してくれ。別段、お嬢さんに危害を加えるつもりはない。あと3日間大人しくしてくれれば、解放するよ」
無愛想ながらも、紅蓮は少女を安心させるように心を配っていた。しかし、少女の表情は険しくなる。
「あなたが用のある人は、誰ですか?」
怒気を含んだ声で、少女は尋ねた。彼女にとって、何よりも優先される人物が、頭の中に浮かんだからだ。そうであって欲しくはないと願いながら、紅蓮を問いつめる。
「部下の情報通りだな。偏執的な愛。今日も、少年を襲った不良に報復するために、学校へ行ったのだろう? 今までも、彼に近づく人間は善意悪意問わず、すべて排除してきた。
その後、お嬢さんが居住区のあまり人気のない場所に向かってくれたおかげで、部下も拉致し易かったらしい」
「……何が言いたいんですか」
紅蓮の発言に、少女はさらなる敵意を見せる。殺意にまで昇華されたその視線は、拘束されているとはいえ、並の人間ならば直ちに少女に降伏したくなるだろう。だが、紅蓮は平然としている。
「いや、関心しているのだよ。そこまで徹底できることに。さて、これまでの物言いで理解しただろう。俺の用のある人物は、シン=ミナハ。お嬢さんが兄と慕っている男さ」
既に察してはいたが、明確な事実を突きつけられ、少女――神代神奈は怒りを露わにする。
「……兄さんに何かしたら、貴様を殺す」
「おお、怖い怖い。だが、その様で、俺を殺せるのかな?」
手足を拘束されているのだ。何もできるはずがない。そう、紅蓮は高を括っていた。しかし、神奈の耳にある宝石――イヤリングが輝き出す。
「何が狙いか分からなかったから、抵抗しなかったが、兄さんが狙いと判明したならば、もうここで休んでいる必要はない」
神奈の全身が燃える。文字通りの意味でだ。彼女に触れている手錠が溶けていく。
「まさか……お嬢さんも」
「sword!」
今度はイヤリングが姿を消し、自由になった神奈の手元に、一振りの剣が現れる。
「こうやってだ!」
素早く剣が振るわれる。
驚く紅蓮だが、紙一重でかわすことができた。二撃目、三撃目と斬撃が続くが、最後の一撃が、紅蓮ではなく備品の机を捉えてしまう。刃が机に食い込み、神奈は剣を引き抜こうとして、動きが止まってしまった。その隙に、紅蓮は近づく。手刀で剣をたたき落とし、その調子で裏拳を顔面に叩き込む。さらに、足刀蹴りが腹を抉り、神奈は吹っ飛ばされる。
「ぐぅ!」
壁に激突して、神奈は苦悶の表情を浮かべる。背中を痛めて、身体が動かなくなってしまう。
「筋は悪くないが、少々経験不足だな」
紅蓮の隻腕が、神奈の首もとに伸びる。握られた注射器が、ぷすっと小さな音を出す。
「く……ごう、ぐれ……ん」
最後まで、神奈は紅蓮を睨みつけながら、瞳を閉じていった。神奈が意識を失うと、剣はイヤリングへと、形を戻した。
「武器を使うなら、場所に適した物を使うことだ」
紅蓮は神奈の耳からイヤリングを奪い、スマートフォンを取り出す。
「……俺だ。至急、女性職員をここに寄越して、身体検査を厳重に頼む。貴金属や装飾品も、1つ残らず外してくれ。それから、3日分の睡眠薬と点滴、あと拘束具も追加してくれ。……ああ、ちょっとトラブルがあってな、目覚めていると面倒だ。それと、後で送信する文面をNINJAに送って欲しい。では、よろしく頼む」
通信を終えると、紅蓮は神奈を一瞥して、廃工場から出て行った。




