99 テレーザ・ペルデュランの行方
いけるいける! と拳を握るアイヴィーとさすがに無理があると首を振るクインティーナの横で、ミラノスは真剣にその案を考えていた。
(テレーザは婚姻を嫌がっていたし、嫌がるテレーザの心情も世間が理解するくらい、侯爵に対しての悪評は酷かった。婚姻して半年も経っていない事から、テレーザが逃げた話も噂されていない。養女の話も流れていない。侯爵夫人としてクインティーナが外に顔を出したのは結婚式くらいで、それもヴェールを被っていた……そして侯爵家に居た使用人達は皆、火事で消息不明)
侯爵夫人をしていたクインティーナを知る者達が、悉くいなくなっている。
(問題は婚姻届けだけど、テレーザが悪足掻きで侍女の名前を書いた……? そんな子供の悪戯みたいな抵抗、通じるわけがない。署名はその場で確認されるんだから)
確認されるが――……。
(……クインティーナが庶民で使用人って情報があれば、なかったことにしそう)
むしろ婚姻の撤回を望むのは、教会側だ。
何故ならクインティーナが侯爵夫人のままだと、ライコア侯爵家の資産が彼女の物になってしまうからだ。
そう、元庶民のクインティーナの物に。
(選民意識の強い上層部からしてみれば、発狂する問題でしょ……)
アイヴィーはごり押しすればなんとかなると言っているが、ある意味事実。
庶民に侯爵家の資産を持たせたくない側が、喜んでしらばっくれるだろう。
しかしこの作戦が通れば、テレーザは火事で消息不明の扱いとなる。
「……いいんじゃない?」
「いいのか!?」
途中から誰も通訳してくれなくなったので、断片的な情報をつなぎ合わせようとしていたペンタスが驚愕の声を上げる。それに頷いて、ミラノスは呆然とこちらを見るクインティーナと何故か満足げなアイヴィーに視線を向けた。
「ライコア侯爵夫人の顔を知っている人間がほぼいなくなるし、この火事で消息不明の生死不明って事にすれば……逃げたテレーザも、逃亡先で生きやすくなる」
『そういえば、逃亡したお嬢様ってどこで何しているの? 場合によっては死の土地に巻き込まれていない?』
「それは問題ない。テレーザは名前を変えて、国境付近で畑を耕している」
『畑を耕している??』
「男爵令嬢が……??」
ヴィニカリス姉弟がそっくりの顔をして目を丸くする。
何故かオクトスが得意そうに頷いた。
「テレーザは領地でも庶民の暮しに興味津々でな! 畑仕事から害獣処理まで手伝っていた。教育係はつけたから、日常生活は問題ないだろう。国境でも元気よく鍬を振るっているに違いない」
「男爵令嬢の話だよな?」
『これが……肉を値切るご令嬢の本気……!』
「なにそれ知らない」
まさかのアイヴィーからミラノスにとって未確認情報が出てきた。
クインティーナがあからさまにハッとした顔をしているので、確実にここからだ。男爵家を抜け出して、お忍びで何をしているというのか。
『聞けば聞くだけ逞しくてとっても気になるご令嬢だなぁ。思いつきで喋った私が言うのもなんだけれど、令嬢として戻ってくる気はないの?』
戻ってくる気があるなら、アイヴィーが提案した策は使えない。
聞いておいてなんだが、アイヴィーは答えがわかっている気がした。
「本人に、戻ってくる気はないよ」
「ああ。逃亡すると決めた時も『これを機にわたくしのわたくしだけのわたくしの為だけの畑を手に入れてやりますわ目指せミント栽培ッ』と叫んでいた」
『それ畑に植えちゃダメな奴!!』
ちなみにこの世界にハーブはある。ミントもある。清涼感があるからと、歯磨きに使用され、増え方も前世とほぼ同じである。
つまりミント栽培はテロ行為。
ミントが群生している辺境付近にテレーザ嬢がいるとわかってしまったので、深く考えないことにする。
「……という事は、お嬢様が戻らないのであれば、むしろ死亡扱いの方が本当にお過ごし安い……?」
クインティーナが困ったように呟いて、確認するように周囲を見渡した。
ミラノスは小さく頷いて、肩を竦める。
「貴族社会に馴染めていなかったからね、テレーザは。戻って来ても窮屈だって逃げ出すでしょ」
「本来なら血筋の事もあり、呼び戻して嫁入りし直すのが正しいのだろうが……今の王都もどうなるかわからない。むしろ安全な辺境で生活して貰った方が血を残せるかもしれない」
「その場合相手は農民だろうに、気にしないのか?」
当たり前のようにペンタスが口を挟む。
もうペルデュラン男爵家の全てを知ったと言っても過言ではないペンタスは、規格外なお嬢様の話もすぐに受け入れた。恐らく規格外な姉を持っていたから耐性があるのだろう。
「気にしないな。ペルデュラン男爵家は、愛した人を諦めない」
そう言って立ち上がったオクトスは、クインティーナの前に膝を突いて彼女の手を握った。
「だから、クインティーナ。俺は君を諦めない」
「お、オクトス様……!?」
『ひょー!』
真剣な目でクインティーナを見つめるオクトスに、アイヴィーが楽しげな奇声を上げる。ミラノスはマジか、と言わんばかりにオクトスを凝視した。
今ここで言う?
「書類上、君は義妹だ……書類だろうとそう定義づけられている今、正式に申し込むことはできない……しかし、いずれ義妹としてではなく、妻としてペルデュランの家名を贈りたい」
クインティーナは真っ赤になり、ミラノスは頭を抱えた。
急に始まったラブロマンスに、ペンタスとその護衛はお互いの目を見合わせている。アイヴィーだけが大盛り上がりだった。
「答えられないのはわかっている。だが覚えておいてくれ。俺の想いは君だけのものだ」
「ひゃ、ひゃい……っ」
『っかぁー! 恋の成分は堪んねぇな!!』
「アンタ時々人格がブレるよね……」
男爵家の長兄が、義妹であり庶民であり使用人である女に愛の告白したのを強制的に目撃することになったミラノスは、今後乗り越えねばならない山を数えて撃沈した。
酒が美味いとばかりに大興奮だったアイヴィーは、ペンタスが立ち上がったことで我に返る。
「盛り上がっているところすまないが、いいだろうか」
「アッヒャイ!!」
クインティーナの裏返った甲高い返事は誰も突っ込まなかった。
空気を読まないといわれても、ペンタスは今、言わなければならないことがあった。
「姉上と、話をさせて欲しい」
何故ならこのまま何も言わなければ、二度と機会が失われてしまうから。
ここまでお行儀よく待っていた方。




