100 これだけでいい
(……なんで俺がここにいるんだろう)
通訳として客間に残されたミラノスは、クインティーナからアイヴィーが憑依したペンダントを受け取り、きゅっと顔中に皺を寄せていた。
ペンタスの要望で、クインティーナとオクトスは部屋を出ている。彼らは彼らで話も積もることだろうし、それは構わない。
『二人のラブイベント、観測したかった……!』
(これは通訳しなくていいかな)
相変わらずちょっとズレたアイヴィーの台詞を通訳するのは、ちょっと遠慮したかった。
(かといってクインティーナに任せると、また余計な事言いそうだし)
クインティーナはうっかり者なので、ちょっと口も軽い。
(まあさっきのを見て、クインティーナを指定するわけもないか)
一人の男に執着されている女だ。なるべく関わりたくないだろう。ミラノスも同じ気持ちだ。
しかし彼らが退出してから、誰も口を開かない。
アイヴィーも空気の読めない一言を発したくらいで、ミラノスの横でふわふわ浮いている。普段くるくる回る口は、珍しく閉じられていた。
ミラノスは少し迷って、クインティーナに手渡されたペンダントをテーブルに置いた。
「……アンタの姉は、このペンダントを中心に、決められた範囲内だけ移動できるらしいよ」
「……そのペンダントは、俺が姉上の輿入れ前に、プレゼントしたものだ」
グッと込み上げるものを堪える表情で、ペンタスがようやく口を開く。
その言葉に頷きながら、ミラノスはじっとペンダントを見下ろした。
(見覚えがあると思ったら……俺が作ったペンダント、だ)
今の今まで気付かなかったが、ミラノスの作品だ。
いつ作ったのかまでは覚えていないが、情報料としてディジットに渡したモノの一つだ。
それが商人を経由してペンタスの手に渡り、アイヴィーに届き、彼女の要となった。何も特別な事などなかったはずの石ころが、そんな軌跡を辿るなど不思議でならない。
「……姉上が、天に昇れないのは、俺の所為、か?」
『おーっと予想外。絶対言いたいことそれじゃないよね!?』
通訳しづらいな。
「未練が……あると思っていた。侯爵に殺されたのだから当然、あるだろうと。でも同じくらい、何があっても笑い飛ばしてしまう姉上だから、仕方がないと笑って天へ昇っているのではないかとも、思っていた」
『さすがに三日三晩は呪おうと頑張ったけど……』
戸惑ったようにうろうろ飛び回るアイヴィー。彼女が何故天に昇れないのか、ミラノスも不思議でならなかった。
だって彼女は自由に飛び回れるし、暗い影など一つもない。ペンダントによって行動範囲が決められていると知った後も、何故そんな事になっているのか疑問だった。
「ヴィニカリスのことが気掛かりだったの? 家族のこと? それとも他に気掛かりな事があったの? ……どうすれば、姉上は天に昇れる?」
『うちの弟、成仏できていない姉を真剣に案じている優しい子……!』
(だから通訳しにくいってば!)
ふざけた言動だが本気で思っているようなので、口出ししにくい。
ミラノスの目には元気に飛び回るアイヴィーが見えるが、何も見えない側からすれば、アイヴィーは大地を這いずる彷徨う魂だ。
遺族として、彷徨うのではなく天へ昇って欲しいと思うのは当然のこと。
『私のこれはホントよくわからないんだけれど……多分その内きっとなんとかなると思うんだよね』
くるりと回ってペンタスの隣に移動したアイヴィーは、テーブルのペンダントを凝視しているペンタスの頭をそっと抱きしめた。ミラノスは観念して、アイヴィーの言葉をそのままなぞる。
『「私に言いたいのって、それじゃないでしょ?」』
「……っ、俺が」
グッと顰められる眉間の皺。
「俺がもっとちゃんと、姉上の手伝いをしていたら、人脈も、仕事も、今と同じくらいあれば」
アイヴィーはペンタスの頭を抱きしめながら微笑んだ。
その眼差しは、姉と言うより母に近い。
今は亡き母を思い出し、ミラノスはそっと視線を逸らした。
「姉上を、こんな早く死なせることはなかった……!」
ごめんなさい、とペンタスの懺悔が続く。
「俺、何も、できなかった。姉上の遺体も、遺品も何も……! 侯爵から取り返せなかった!」
それができるだけの影響力を、当時のペンタスは持っていなかった。
爵位が低くても、意志を貫ける人はいる。その人は、それができるだけの実績を持っている。信頼と信用、積み重ねたものがある。
当時のペンタスは、そんな姉から逃げて、自らの土台を作っていなかった。
「俺がもっと上手く行動していれば、姉上の遺体が燃やされることなんかなかったはずなのに!」
『あれは皆予想外、予想外』
「気にするなって言ってる」
「気にするだろ! 燃やされたんだぞ!! ふざけるなよ侯爵!! 今でも腸煮えくり返る!!」
顔を覆って叫んだペンタスに、護衛の男も同調するように顔を顰めた。それはそう。
『旦那様はねぇ、狂っていたから。誰が何を言っても曲解してただろうね。ペンタスの所為でも、お父様の所為でもない。って言っても気にしちゃうんだろうなぁ~繊細だからなうちの弟。開き直っているようで、ずーっと気にしちゃうの』
これ全部通訳しないとダメ?
ミラノスはペンタスの頭をなでなでするアイヴィーを凝視した。触れていないが気分でなで続けていたアイヴィーは、ミラノスを見て、苦笑を零す。
『ごめんミラノス。これだけ伝えてくれるかな?』
ミラノスは嫌そうな顔をしたが……深く息を吐いて、口を開いた。
『「それでもお姉ちゃんは、弟が大好きだよ」』
ペンタスは手の平の下、大きく目を見開いて……耐え忍ぶように歯を食いしばり、溢れそうになる涙を呑み込んだ。
「俺も好きだよ、姉上」
ある意味、ニリスにとってヴィニカリス姉弟は鬼門。
聖人もどきの姉と、そんな姉に忘れられていない弟。
嫁入り前夜(死ぬ前)にある意味別れの挨拶を済ませていた姉弟。
ニリスがペンタスに塩対応だったのは自分が手に入れられなかったものを持っている男だから。




