95 男爵の謝罪
そんなわけでペルデュラン男爵家に帰ってきたが、男爵家は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
男爵家に何かあったのではない。今はどこもそうだ。
ライコア侯爵家の火事。吸い込めば死ぬ毒の煙。その煙の流れから、王城や教会にも影響が及んでいる予想……。
国の存続が危ぶまれる展開に、どこも事実を求めて奔走している。
そこに全体的に草臥れたオクトスとミラノス。養女として嫁いだはずのクインティーナ。怪我をしたヴィニカリス伯爵令息とその護衛が現れて、男爵家は別の意味で大騒ぎになった。
男爵のセンタスは、ボロボロな息子達を見て目を見開いたが……クインティーナの姿を認め、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(嫌そうな顔、ミラノスにそっくり)
顔立ちはまったく似ていないのに、表情はとてもよく似ていた。
「……侯爵は、どうした」
「死んだよ」
断言するミラノスに、センタスはぎゅっと顔を顰めた。
現在、屋敷が燃えて、ニリスは消息不明の扱いだ。しかしこの規模の火事。多くの人は、ニリスも屋敷と一緒に燃えたと考えるだろう。
どこまで屋敷が沈んだかわからないが、あの毒山も瓦礫で埋もれた可能性がある。となれば、ニリスの白骨死体も発見されることなく、埋まってしまったはずだ。
だとしても……ミラノスの断言は、それを見届けた者でなければできない。
「何があったのか話すから、父さんもいい加減、観念してよ」
「――……」
ミラノスの言葉に俯いたセンタスは、沈痛な面持ちで小さく頷いた。
その後、すぐに医者が呼ばれてペンタスの手当が行われた。ペルデュラン男爵家では男爵とその息子の殴り合いが頻繁に起こるので、医者が控えている。
高所からの落下、もみ合いなどがあったミラノス、同じく高所から落下して一度人質に取られたクインティーナも同様に手当を受けた。
ちなみにオクトスはとても元気だった。かすり傷もない。頑丈さの違いを見せつけられた。
「……それで、何が聞きたいんだ……いや、侯爵から、何の話を聞いてきた」
手当を受けて人心地着いた後に、全員客間に通された。
温かい紅茶が提供され、この男爵家で働いていたクインティーナは、元同僚から恭しく扱われることに大変恐縮していた。手当もいつもより丁寧な扱いで、一人別の意味で青ざめている。
しかも隣にオクトスが座ったので、滅多にない距離感(緊迫していた時間は除く)に赤くもなり……青くなったり赤くなったり忙しい。
ペンタスも丁寧な手当を受けたが、紅茶は一瞥もしなかった。ソファに座る彼の後ろに、護衛の青年が控えている。
一方疲れたミラノスは砂糖を二つ入れていつもより甘い紅茶を煽った。本当に疲れて糖分が欲しかった。
そんな彼ら全員を、アイヴィーが部屋の斜め上から俯瞰して見ている。
「何を聞いてきたか……ね。父上が、俺を新世界の神にしようとしている、ってのは聞いたよ」
『……はっ、また頭の中で色々混ざるところだった』
前世のネタが頭を過ってしまい、思わずアイヴィーは小さく反省した。
こういうところ。ホントこういうところ、と誰もこっちを見ていないのをいいことに大仰に頭を振る。
確かにそちらを見ていないが、視界の端にその姿が映るミラノスは脱力しそうになった。
「その話題になると言うことは、彼らもミラノスの正体を知ったのか」
「伯爵令息とは、話の流れでね」
護衛の彼は何も知らない。本当に何の説明もされていないので、ずっとピリピリしている。
「……こいつは何も知らないが、席を外すことはできない。しかし彼と彼女の事情を、けっして口外しないと約束する。侯爵の望むとおりになるのも癪だし、私達も教会にはいい感情を抱いていない」
『これはマジだから。私が便利グッズ作れば作るほど聖人かもしれないって寄ってきて、聖人じゃなくても利益を教会に寄付するべきって集ってきて、やっぱり聖人かもしれないから教会に住まないか~ってしつこい時期があったから、ヴィニカリスは神への信仰があっても聖人制度については微妙な気持ち! 押しつけてくるなって気持ちが一番だから、教会に駆け込んで情報提供はしないよ!』
斜め上から入る保証に、ミラノスは嘆息した。
どこでも教会が、ことを強引に進めようとして嫌われている。
「とにかく、問題ないよ。それに、ヴィニカリスは独自で調査して、ほぼ正解に辿り着いたみたいだから」
彼らがペルデュラン男爵家を警戒するのも、侯爵との関係を察していたからだ。
「そうか……」
頷いたセンタスは、スッと椅子から立ち上がり。
「すまなかった……!」
床に膝を着いて、額を床に擦り付けるように頭を下げた。
『土下座だぁ――――!?』
どこもかしこも情報を求めててんやわんやの中、一方その頃男爵家。




