94 ライコア侯爵家の終わり
「ペンダントを中心に行動範囲が変わるって自分で言ったのに、なんで忘れたの」
『仰るとおりです……』
「……天に昇った方が良いとは思うけど、あの中に混ざるのはやめときなよ。アイツらが簡単に成仏できるわけないって話をしてたのに、聞いてなかったの?」
『それはそう』
ふらふら戻って来たアイヴィーは、顔をぐしゃぐしゃにしたクインティーナから無言でぽかぽか叩かれた。正確に言えばスカスカ空振りだが、気持ち的にはダメージが蓄積されている。
「姉上、何故、いきなり昇ろうとしたのか? お、俺と話したくなかったか……?」
『ぐにゅぅ……!』
しかも見えないなりにクインティーナの行動からそこにいると察したペンタスが、クインティーナの言動からアイヴィーが何をしようとしたのかも察してぺしょぺしょ弱った顔をしている。
ミラノスもだが、察しがよすぎだ。それともこの場合、クインティーナがわかりやすすぎるのか。どっちだ。
『違うんだよぉ……今でしょって思っちゃったんだよぉ……マイナと一緒に成仏するのが正解だと思ったのぉ』
「……! そう……」
ぺしょぺしょした顔をするクインティーナとペンタスにつられて、アイヴィーもしょぼしょぼした顔になる。しょぼしょぼしながら伝えられたマイナの死に、ミラノスは一瞬だけ顔を顰めた。
『マイナにも変に期待させちゃったし、私ってばホント……!』
さすがに猛省である。
あんな絶望顔させたかったわけではない。本当だ。
「……ねえ、フルスはいた?」
『見てない。でも、マイナが死んでフルスが生きているとも思えない。別行動していたならまだしも、傍にいて毒の煙から単独逃げられるとは思わないし』
「ではどちらも、お亡くなりに……?」
『うん、さすがに無理があると思う……』
悲しげなアイヴィーとクインティーナの横で、ミラノスは盛大に顔を顰めていた。
フルスについては、結局よくわからないままだ。毒を携帯していた理由もわからずじまいで後味が悪い。
(でもそれは、侯爵家の謎、全部に言えることだ)
ライコア侯爵家は、誰もが狂っていた。
前侯爵夫妻も、ニリスも、使用人達も。
聖人の姉が唯一の例外だが、彼女も宗教に狂っていた。
「ペンタス様!」
遠くからペンタスを呼ぶ声が聞こえた。
見れば、ライコア侯爵家の正門で押し問答をしていたヴィニカリス家の護衛が血相を変えてこちらに向かってくるところだった。
「ご無事で……! ご無事で……!? 何があった!?」
「うるさいなにもいうな」
「無理があるでしょ」
後頭部の怪我もさることながら、伯爵令息が人目を憚らずぺしょぺしょしているのだ。
普段強がって泣き顔一つ見せない主人の変わり果てた姿に、護衛の青年が驚愕するのは仕方がない。
「というかおまえぶじだったんだな……」
「お前俺の事忘れていたな……!? こっちはお前が毒にやられて死んだと思って気が気じゃなかったっていうのに……!」
『あ、ちゃんと毒だって判断できてたのか、よかった……いやよくないな、わかったってことは誰か被害にあったってことだもんなぁ……!』
ペンタスと護衛の青年は気心の知れた仲なので、こんな状況でもやり取りが軽快だった。しかし、ペンタスの周りにいるミラノス達を油断なく警戒していた。
問題ない、とペンタスが手を振るが、負傷している主人を前に油断できるはずもない。
「……ここにいても何もできないから、俺達は安全な場所に移動を」
ミラノスがそう発言したとき。
ライコア侯爵家が歪んだ。
屋敷を支える柱が燃えて折れたからではない。
屋敷そのものが、地面に沈んだ。
ガラガラと音を立てて……まるで落とし穴に落ちるように、屋敷は崩壊した。
呆然と、誰もが侯爵家を見上げる。
黒煙と白煙が混じり合い、どんどん細くなっていくのが見えた。
侯爵家の地下は、深かった。
毒の山に繋がる道が複数あり、穴だらけだった。
それが先程の大地震で大きく揺さぶられ、火事で建物が崩れる衝撃が重なり……ライコア侯爵家は、地下に沈んだ。
『――結構深さあったよね!? 毒の山まで落ちてないよねー!?』
落ちていたらヤバイとアイヴィーが絶叫する。
『屋敷に置いてあった毒薬が燃えてこれだよ!? 地下の毒山まで燃えていたら被害拡大待ったなし!!』
「多分そこまでは……いってないでしょ」
そう願うしかない。
到達していたとしても、見る限り煙は細くなっている。火の勢いが弱まり、鎮火も近そうだ。
煙に巻き込まれて天へ昇る魂達の姿も、ほぼない。
ミラノスは空を見上げて、深く息を吐いた。
「とにかく、ここにいても仕方がないし……ペルデュラン男爵家へ行こう」
「そうだな、伯爵令息の怪我の手当も必要だ」
「待て、お前達はペルデュラン男爵家の者なのか? ならペンタス様を任せるわけには」
『あ、男爵問題あったね……』
詳しく知らないが、どうやらペルデュラン男爵がニリスと手を組んでいるらしいことを言っていた。思想が同じであるとか、協力者であるとか、かなり危険な内容だった。
それなら、ヴィニカリスに避難した方がいい気がする。護衛には警戒されているが、ペンタスはもうすっかり警戒心をなくしているので、話が通じるはずだ。
「どっちでも良いけど……多分もう、隠し事しても無駄だって父上も観念するはずだし」
話し合わなければならないのは男爵家の人間なので、ペンタスはそのままヴィニカリスに戻って問題ない。信用できないなら、むしろそうするべきだ。
ペンタスは、クインティーナを見た。
正確には、クインティーナが首に提げたペンダントを見た。
クインティーナはハッとしてペンダントを外そうとして、情けない顔でアイヴィーを見上げた。
脱出したらペンダントを渡すといっていたが、アイヴィーと今別れるのはいやだという顔だ。つい先程、泣きながら叫んでいた。
――だから、ペンタスも、そのペンダントとアイヴィーの関連性を、察してしまったわけで。
「……世話になる」
クインティーナから取り上げることなく、けれど離れがたいと、ペルデュラン男爵家へ向かう返事をした。
アイヴィー『弟たち、察しがよすぎない??????』




