93 届くはずだった
毒の煙の影響が、どこまで伸びているのかはわからない。
わからないが、体調不良は確実に起こしているはずだ。
『後遺症の可能性もあるけど……吸い込んだら確実に肺が死ぬ』
自然消火に任せるしかないなら、むしろ高いところに留まり続けるのは危険だ。薄くでも煙を吸い続ければ、一気に重症化する。
『その判断が、彼らにできるのか……ってところかな』
この煙は、一気に広まった死は、何も知らない人々から見ればどう広まるだろう。
天罰だろうか。祟りだろうか。ライコア家の悪い噂と、教会の腐敗した噂と、頼りない王家の者達が集中して倒れた場合、人々はどう判断するだろう。
図らずともニリスの望む形になっている現状に、アイヴィーは苦虫を噛み潰した顔で煙を見上げ続け。
白い煙に煽られて、必死に藻掻く魂を見つけた。
『――マイナ?』
白い煙の中で、黒々と輝く魂は目立つ。
ポツポツと見えるその影が、見覚えのある少女に見えた。
見慣れた金色の三つ編みを見て、アイヴィーはグッと胸が締め付けられる。
(死んでしまったの、マイナ)
という事は、見えないがフルスもだ。一緒にいた彼が、マイナを残して逃げるとは思えない。
藻掻くマイナの魂が、ふとこちらを見た。
距離があるため、本当に見たのかわからない。常人の目では、きっとマイナを視認することもできなかった。けれどアイヴィーは、マイナがこちらを見たと感じた。
視線があった。
マイナの目が見開かれ、魂だけど涙が溢れる。
彼女の細い腕が、必死に伸ばされた。
アイヴィー様……!
呼ばれた気がして、気付いたらアイヴィーは飛び出していた。
「だめ! いかないで!」
クインティーナの悲鳴に、思わず立ち止まる。
振り返れば、アイヴィーは思ったより彼らから離れた位置にいた。
背の高い木の頂上から大地を見下ろすように、小さくなったクインティーナ達を見下ろしていた。
「いかないでください、アイヴィーさん!」
泣き出しそうなクインティーナを見て、ふと思う。
(あれ、もしかして私、今なら成仏できるんじゃない?)
目の前には、煙に乗ってどんどん天へ昇っていく魂の群れ。
(一人では無理でも、この流れに乗っていけば成仏できるんじゃない?)
いけるかもしれない。
(この後大変そうだけれど、クインティーナにとっての最大の脅威は去ったわけだし?)
謎ばかりだが、ニリスは死んだ。ライコア侯爵家は大炎上中。
クインティーナを縛るのもはなくなった。
(つまり今って成仏チャンスでは!?)
そうに違いない、とアイヴィーは確信した。
アイヴィーは死者だ。いつか生者の彼らとは別れなければならない。
名残惜しいが、アイヴィーはそういう存在だ。
何より生前を知る子が、アイヴィーを求めて泣いている。
生前では結局手を取ることのなかった子が、アイヴィーに向かって手を伸ばしている。
だから、今だと思った。
『――じゃあねクインティーナ! ミラノス! 後はよろしく! ペンタスのこともよろしくー!』
「はあ!? バ――ッ」
アイヴィーは勢いよく飛んだ。白い光が炎に向かって飛んだ。
ミラノスが何か言っていた気がしたが、飛び出したアイヴィーには届かなかった。
天へと昇る黒煙を目指す。こちらに手を伸ばして藻掻くマイナに向かって飛ぶ。
泣きながら手を伸ばす少女に向けて、アイヴィーも精一杯手を伸ばした。
黒い指先と、白い指先が触れ合って――……。
ガクンッとアイヴィーは制止した。
煙に煽られたマイナの姿は、あっという間に見えなくなる。
『あっれ?』
ぽかんとしたアイヴィーは、その表情のまま振り返る。
米粒ほどとは言わないが、目的の子達はとても小さい。だが何故か、アイヴィーにはしっかり見えた。
ぐしゃぐしゃに泣いているクインティーナが、アイヴィーのペンダントをしっかり握りしめているのが。
『……あ、あ――――っ! 行動範囲ぃいいいいいいい!!』
すっかり忘れていたのだが、アイヴィーは憑依霊。
そもそも移動範囲が限られているので、天にだって昇れるわけがなかった。
つまりこれは成仏チャンスなどではない。
ただのアイヴィーの勘違いだった。
『むわー!! 恥ずかしい……っ!! そして罪悪感が酷い!!』
結局触れ合えず、手が届くと思わせたところで叶わなかったマイナは黒煙に煽られてもう見えない。
届くと思った瞬間の顔も、届かなかった表情も、しっかりアイヴィーの目に焼き付いている。
『ごめんマイナァアアア! マジでごめん――――!!』
期待を持たせて裏切る形になったアイヴィーは、心の底から罪悪感を覚えて頭を抱えた。
これは戦犯




