9 両片想いは良いぞ
次の日、クインティーナが目覚めてすぐ、アイヴィーは昨夜の事を報告した。
基本的に、貴族は使用人が起こしに来るまで寝ている。身支度は使用人任せなので、主人が先に起きていたら職務怠慢と言われる程厳しい家もある。とくに淑女の朝は長い。
ちなみに四人目アイヴィーは、侍女が起こしに来るまで寝たふりをして待っていた。その方が侍女達と軋轢なくいられたからだ。
と言うわけで、五人目クインティーナも同じように寝たふりをしている。
彼女の場合は令嬢ではなく侍女だったので、そもそも起きるのが早い。早朝は周囲に人が居ないので、アイヴィーとクインティーナのやりとりは朝と夜に限られていた。
寝起きのクインティーナには悪いが、一方的に話せるアイヴィーと違い、常に周りに人が居るクインティーナと意見交換ができるのは今しかない。
寝起きでポヤポヤしていたクインティーナは、ペルデュラン兄弟の名前を聞いて一気に覚醒した。
「オクトス様達が?」
『ええ、あなたを心配していたわ』
アイヴィーの存在からニリスの本性を知って、今にも侯爵家に乗り込みそうだったオクトス。
貧弱ながら上背のあるミラノスが必死に止めなかったら、塀を登って侵入していただろう。
『あなたの状態を知って、助けたいと言っていたわ。クインティーナの為に平和的に離婚できないか調べるって息巻いていたし、調査は彼らに任せて大丈夫そうよ』
「そ、そうですか。オクトス様が。私の為に……」
(あ、ミラノス消えた)
ぽっと白い頬を染めるクインティーナ。彼女の頭の中は、ペルデュラン兄弟ではなくオクトスで一杯のようだ。アイヴィーはそれだけで彼女の心境を察した。思わずにっこりしてしまう。
『昨夜はとにかく時間もなかったし見付かるわけにはいかなかったから解散したけれど、今夜また来るって。言いたい事とか、聞きたい事があったらまとめておいてね』
「はい、ありがとうございます」
クインティーナは嬉しそうに頷いてから、すぐに寂しそうな顔をした。
それもそうだ。
協力者の存在は嬉しいが、クインティーナが直接顔を合わせるわけにはいかない。この広い屋敷で一番自由がないのは、使用人達に見張られている彼女だ。
(あーじれったい! 直接会わせられないのがじれったい!)
アイヴィーは心の中で盛大に身悶えた。見ているのがクインティーナだけだとしても、転げ回るわけにはいかない。アイヴィーにだって羞恥心は残っている。
(会わせてあげたいけれど、ここで協力者を失うわけにはいかない!)
それに侯爵家の外から情報が得られるのはとてもありがたい。
アイヴィーは頑張ってもクインティーナを物理的に逃がす事しかできない。ニリスという殺人鬼から、距離をとらせる方法しかとれない。
しかし法的にはニリスとクインティーナは夫婦。関係が破綻していても、書類的にも法律的にも夫婦。
しかもライコア家が聖人の家系だから教会に駆け込んでも守ってくれなさそう。
クインティーナが聖人とバレるわけにも行かないし、クインティーナの逃亡は侯爵家から逃げ出せても絶望的だった。
なので一番の懸念は逃亡先だ。
アイヴィーは侯爵家から逃げ出せたら、アイヴィーの実家に逃げ込んで貰おうと考えていた。クインティーナを受け入れてくれるかは賭けだが、アイヴィーからの伝言があれば多分、匿ってくれる。
外で協力者を得て、他国に逃げれば良いと思っていたが。
(ペルデュラン男爵家の人間が協力してくれるなら、取り敢えず匿う事はしてくれるでしょ)
つまり実家に帰らせて頂きます作戦が使える。
と言うかクインティーナに幸せになって欲しいと言い切ったオクトスがいるのだ。男爵の言動は問題だが、そこはあちらに任せるしかない。
『この結婚もひっくり返せば色々ありそうだし、不備を指摘できれば旦那様に殺される前に平和に離婚できるかもしれない』
かなり無理矢理だが、実家に帰るという手札があるのとないのとでは違う。
「不備……私の事だけではなく、ですか?」
『身分詐称気味に嫁いだから不誠実なのはこちらだと思っているようだけれど、初夜に白い結婚を強要してそれから顔一つ出さない旦那様って相当よ?』
そう、三行半叩き付けられても文句が言えないくらいの所業。
相手の弱みでも握っていないとできない強気な行動だ。
『……もしかして、男爵家の借金を侯爵家が肩代わりしていたりする? もしくは、事業の失敗を手助けして貰った?』
「そのような話は聞いた事がありません。単純に、お鉢が回ってきたとしか」
『権威の圧力よねぇ』
男爵家は教会と王室、二つの権威から脅されたと思う。
それはそれで、やっぱりおかしい。
(そこまで周りがお膳立てをしていて、旦那様は何故妻に手を出さないの?)
別の意味で手を出しているが、誰もそんな結果望んでいない。
(生前は「あるある~!」としか思っていなかったけれど、ダメよね普通に。そもそも周囲がこれだけお膳立てする理由は子育てを推奨しているからで、旦那様の行動は周囲の思惑と一致しない)
四人とも性格の不一致で壊滅的に仲が悪く、周囲からの圧力で離婚もできず耐えきれずに犯行に及んだというのなら、流れだけなら納得できる。
だが、四人目のアイヴィーは険悪になるほど自分の旦那を知らない。
妻を娶っては白い結婚を強行するなら、嫁はいらないと宣言すればいい。
揉めるのが面倒で立場だけの妻が欲しいなら、殺害するのは理に適っていない。
(かといって、快楽殺人犯にも見えない)
少なくともアイヴィーが幽霊として目覚めてから、誰も殺していないはずだ。多分。
五人目の被害者を出さない為にも、ニリスの殺人動機には注視しなくてはならない。
「それにしても、ミラノス様が聖人であらせられるなんて知りませんでした」
『え、そうなの? ミラノスの方は当然のようにクインティーナが聖人だって知っていたから、見えない物が見える聖人同士、示し合わせて黙っていたのかと思ったのに』
アイヴィーの一方的な認識ではなく、クインティーナと交流があると見抜いて情報共有を頼んできたのはミラノスだ。
なのでこの義兄妹、お互いが聖人とわかっていると思っていたのだが違ったらしい。
しかしミラノスの様子から、一人で察して黙っているのもやりそうだと思った。一人で理解して納得して、殻に閉じこもるやつ。
クインティーナはぎょっとした。
「えっ気付かれて……? 私の場合はその、私の母が……」
囁いて、クインティーナはふと視線を彷徨わせた。
『どうしたの?』
「いえ……そういえば、母だけでなくペルデュラン男爵家の方々も教会に対して懐疑的だったなと思いまして」
『ふぅん?』
懐疑的だけれど権威には負けているんだな。
平民を養子にして嫁がせるなんて暴挙に出るくらい命令に忠実なのかと思っていたが……もしや、クインティーナを嫁がせた事自体が大きな反抗……。
(――って、息子を聖人として教会に連れていっていない時点で特大の反抗だったわ!)
うっかりしていた。
素直に信仰しているなら、息子が聖人だと判明した所で教会へ連れて行っている。そうしていないという事は、信仰より親の愛情が勝ったのだろう。
そう考えるといい人みたいだが、クインティーナを娘の身代わりにしている時点でダメな大人だ。むしろ敵。
しかし仕えている家の信仰が浅かったから、クインティーナの母も聖人のお役目より娘への愛をとれたのかもしれない。
全員がそうとは限らないが、長年仕えていたのなら思想は似てくるものだ。
『……あ、もしかして寄付金とか、信仰の低さを突っ込まれたのかもしれないわね』
貴族は教会に寄付金を支払う事で、権威を主張している。
支払金額が信仰の強さと言われていた時代もあり、それで言えば権威の低い男爵家の支払金額は相応の低さだったのかもしれない。
今となっては信仰の強さと寄付金の金額は関係ないが、集団はどこかしら腐敗する。少なすぎればそれなりの対応にもなる。つまり金額が大きいほど融通が利く。
(信仰も寄付金も少なかったなら、貴族としての役割を果たせていないとか責められたかも。社会的にそんな噂流されたらやっていけないし)
まあ脅されていたのだとしても許さないのだが。
そんな邪推をするアイヴィーの横で、寝台に横たわったままクインティーナが記憶を掘り返すように呟いた。
「そうですね。そこまで熱心ではない様子でした。そもそもペルデュラン男爵家は教会と折り合いも悪かったですし」
『折り合いって……目をつけられていたの?』
「はい。数十年前ペルデュラン男爵家に産まれた聖人はお役目を果たせなかったので、教会から伝言も碌に届けられない、役立たずと言われ続けて……」
『は?』
「失礼します」
このタイミングで侍女が起こしに来た。二人の情報交換はここで途切れる。
が、我慢できずにアイヴィーは叫んだ。
『それ諸々の理由じゃない!?』
かなり重要な情報だったと思う。
当たり前のように自分が知っているから重要に感じない情報ってあるよね。
※感想のお返事でネタバレするかもなのでお礼だけの返信にします。
見ていますよ! ありがてぇです!!




