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四人目の被害者になりました。五人目は阻止したいと思います!  作者: こう


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88/99

88 回る歯車


 前世の技術力を惜しむアイヴィーだが、時間は待ってくれない。


「そのためには、侯爵様が、毒を撒く大義名分が必要なんです……! だからその方を解放してください!」


 興奮したように訴える男は力加減ができていなかった。喉を締め付けられて、クインティーナは苦しげに呻く声が響く。

 その姿を見たオクトスが即座に武器を捨てた。あまりに潔い判断だった。


「彼女を放せ」

(オクトス様……!)


 ――オクトスはいつだって、クインティーナを真っ先に助けようとする。


 その決断に、クインティーナの胸は締め付けられた。

 喜びではない。

 自分の不甲斐なさにだ。


(こんな……足手纏いになりに来たのですか、私は!)


 そうではない。助けたいから自らあの部屋を出たのだ。

 結局助けられてばかりだが、それでもクインティーナは、助ける為に踏み出した。


(私だって、私だって!)


 クインティーナはアイヴィーのように発想豊かではない。オクトスのような力もない。ミラノスのように博識ではない。

 これだけはと誇れる物など、持っていない。

 だからこそ。


(怯えて震えているだけでは、いられない!)


 クインティーナは、隠し持っていた裁縫道具に手探りで触れた。

 そこから針を引き抜いて、自分の首を拘束している太い腕に思いっきり突き刺す。


「ぎゃあ!」


 突然の痛みに驚いた男の腕が緩み、クインティーナは咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。

 クインティーナの頭上を、素早く距離を詰めたオクトスのこぶしが通過する。

 渾身の力で、男は顎を殴り飛ばされた。


『歯が飛んだ!!』


 色々シリアスに考えていたアイヴィーが思わず叫ぶほど、綺麗に男の歯が飛んだ。

 相手の武器を破壊するほどの怪力だ。クインティーナを助ける為に力んだのもあって、男は洞窟の奥へと吹き飛ばされた。


 毒の山へと。


『あっ』


 やばい、とアイヴィーが音にする暇もなかった。


 吹き飛ばされた男は、地面から隆起している毒の岩に背中からぶつかった。その岩は存外脆く、男を受け止めきれず砕け散る。


「う、わ、ぎゃああ~~~~!!」


 バランスを崩した男はそのまま背中から地面に倒れ込み――鋭く隆起した岩に、胸を貫かれた。

 悲鳴に振り返ろうとしたクインティーナを、オクトスが抱き竦めて止める。後ろは見えなくなったが、前はオクトスの肩越しに確認できた。


 だから、誰もが後ろを振り返る中、クインティーナだけが見た。

 ニリスからペンタスへと絡みついていた魂の口元が、吊り上がるのを。


 ほぼ同時に、ミラノスは男の体から魂が浮き上がるのを見た。

 魂を物心つく前から見ていたミラノスだが、人が死ぬ瞬間を見たのははじめてだった。


 母の死に際は見ていない。そして母の魂もみていない。息子が聖人だと知っていた母は、息子が心配しないようにすぐ天へ昇ったのだと思う。だからと言うか、死亡した直後の魂を見るのははじめてだった。

 多少淀んでいたが、生きていた頃と変わりない魂が身を起こす。

 呆然とした目は息絶えた体を認め……表情が憤怒に染まる。


『よくも――――!』


 怨嗟の声が洞窟に――否、ミラノスとクインティーナ、アイヴィーの耳だけに響いた。


 直後。


 ずろろろろろ!


 地面を何かが這いずる不快な音が、同じく彼らの耳にだけ届く。

 ニリスの背から離れた女の魂が、蜘蛛のように手足を動かして怨嗟に染まった男に迫った。

 彼が恨み言を叫ぶより早く、大きく口を開いた女が男の魂に齧り付く方が早かった。


 続けて響いたのは断末魔。


 オクトスが遺体を見せないよう配慮した結果、クインティーナは目にすることがなかった。けれど断続的に響く悲鳴と粘着質な音。ゴリゴリと骨を削るような音に、何が起きているのか察して震えが止まらない。


 思いがけず直視する事になったミラノスは、足の力が抜けてその場にストンと座り込んだ。


「う、げ……っ」

『無理ないスプラッタ! 衝撃映像! モザイク必須!!』


 思わず嘔吐くミラノスの背を、触れられないアイヴィーが撫でるふりをした。何を言っているのか半分わからないが、相手をする余裕もない。

 胃液が込み上げてくるのを、喉を押さえてやり過ごす。目を逸らしたいのに、目を離すことができない。


 オクトスとペンタスも、聖人達の様子がおかしいことに気付いていた。

 見えない何か、異変があったと気付くも、見えない彼らは警戒しても避けることができない。

 オクトスは震えるクインティーナを抱きしめて、見えない脅威から庇った。

 ニリスは茫洋とした目で、そんな彼らを見ていた。


 ――ギチギチと鳴るのは歯の音だろうか。


 体が割れたのではないかと思うほど、女の魂の口は大きかった。男に食らいついた瞬間、胴体が大きく脈打ったのは男を屠った影響だろう。

 咀嚼と一緒にぐちゃぐちゃと揺れる体。どんどん水音は収まっていき、最後には硬い物同士がぶつかる鈍い音だけが響き。


 ぐるんと振り返った女の顔は、もう人の顔をしていなかった。


 縦に裂けた口から小さな牙が、人間の歯が大量に並んでいるのが見える。真っ黒に染まった体に反して真っ白い歯は、そこだけ浮かんでいるようだった。

 口の横から頭皮が体毛のように生え、目は蜘蛛のように生えた手足に散らばっている。ぎょろぎょろとバラバラに動く目は、それぞれ色が違った。


 ぎぎぎぎぎ、と虫の威嚇に似た音がする。

 悍ましい姿に身を竦ませたミラノスの前で、それは。


 嗤って、地面に沈んだ。



アイヴィー『なんで突然ホラーになった!! 言え!! せめて予告して!!』

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― 新着の感想 ―
相変わらず怖すぎィ!怒りや恨みは彼女にとって美味しいんだろうか。
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