86 譲れぬもの
『私の弟はペンタスだけだが――――!?』
絶叫したアイヴィーだが、ミラノスもクインティーナもそれどころではなかった。
ニリスが抜刀したことで、護衛役も武器を構えたのだ。武器を持っていないのは灯り役の二人くらいだ。
同じく抜刀したオクトスが、ペンタスを庇うように前に出る。ニリスの狙いが明らかにペンタスだったからだ。
しかしペンタスは、飛び出して来たオクトスを押しのけた。
「誰が誰の弟だって!?」
今までにない程の大声だった。
あまりにも純粋な怒りの発露に、誰もがぎょっとする。
「俺の聞き間違いか!? アンタが姉上の弟!? そんなわけないだろふざけているのか!!」
『ええぇこんなペンタス見たことない』
アイヴィーの知る過去一の激怒、アイヴィー作特製プリンを親に食べられたときもこんなに叫ばなかった。あの頃はあの頃で、言葉にならないほど怒っていたがこれほどではない。
「何を勘違いしているか知らないが、そもそも姉上は聖人じゃない! 俺も聖人の立場を面倒がった姉上が隠しているだけではないかと疑いもしたが、本当に何も見えていないようだった! 未来が見えているのではと思うほど発言は的確だったが、失敗だって何度もした! 今のヴィニカリスは全て姉上の頭脳と努力あっての聖地だ!」
ずんずん前に出るペンタスは、ニリスの目前で止まった。
ニリスがその気になれば一瞬で斬り捨てられる位置。アイヴィーはムンクになった。
「聖人だからと、姉上の努力を無視する発言は訂正しろ! もう一つ、あの人はお前の姉じゃない!」
ギラギラと高揚したダークグリーンの猫目がニリスを睨み上げる。
「アイヴィー・ヴィニカリスは、俺の姉だ!」
とんでもねぇシスコンだ。
ミラノスはドン引きして、クインティーナはオロオロと手をこまねいた。オクトスはわかり合う部分でもあったのか、何度も頷いている。
アイヴィーは自分の知らぬ間に育ってしまったシスコンに、白目を剥いた。
『は、反抗期だった弟が、二年後殺人鬼に立ち向かうレベルのシスコンに成長していた……!』
「ふざけている暇ないデショ」
真剣な発言だったのだが、ミラノスに鋭く一蹴されてしまった。
しかし本当にふざけている暇はない。ふざけていたわけではないが、ペンタスが丸腰でニリスの前に立っているのだ。
怒髪天をついているのか、本人はやけに堂々としている。
「彼女を自分の姉だと言い張るか」
「こっちの台詞だ。なんで妻にした女が姉になるんだ」
「彼女は女ではない」
「はぁー!? どこにでもいない希有なる女性という意味なら同意するがな!! 活力と生命力に溢れる素晴らしい女性だろうが!! お前の目は節穴か!? 俺がほじくって正してやろうか!!」
クインティーナは何故か、この言動でペンタスはアイヴィーの弟だと実感した。
面影以外で血の繋がりを感じたとも言う。
ニリスの事情を知らなければ、ニリスの発言はちぐはぐだ。そして単純に失礼。
怒り狂ったペンタスは、ある意味冷静に、狂ったニリスの視点に爪を立てた。
「お気付きでないようだから言わせて貰うが……男の聖人を認識するなら、女の聖人もいる。聖人は一人じゃない。一人じゃないから、聖人だからってお前の姉になるわけじゃない!」
ミラノスを、男の聖人と認識するなら。
その反対の、女の聖人も認めなければならない。
何故なら聖人は人間だから。
「聖人だから尊い? 神にも王にもなれる? 戯れ言を抜かすなよ……妄想だらけの妄言で、死んだ姉をこれ以上侮辱するな! 繰り返すようなら」
ビシッ! とペンタスが、お前が犯人と宣言する探偵のようにニリスに人差し指を突きつけた。
「お前は弟、失格だ!!」
ニリスに落雷が落ちた。
それくらいの衝撃を受けた顔をしていた。
「……そこまで?」
今までで一番わかりやすい反応に、ドン引いたミラノスが震えた声を出す。
狂人の狂人たる由縁と言えばいいだろうか。
誰もが触れてこなかった部分に、ペンタスが爪を立て、肉を引っぺがす。
「自分と他人の見分けもつかない弟に、あなたの姉も、さぞかしがっかりされていることでしょうね!」
「黙れ!」
激昂したニリスがペンタスに刃を突きつけた。
「姉上を知らない男が、わかったような口を利くな!」
「お前こそ! 一ヶ月で姉上をわかった気になるな!」
どこまでも引かないペンタスに、ニリスが歯を食いしばる。怒りのままに凶器を振り上げた。
『バカバカバカバカペンタス――――!』
悲鳴を上げたアイヴィーが二人の間に滑り込む。
すり抜けるとわかっていても庇わずにいられなかったアイヴィーに、見えているクインティーナは悲鳴を上げた。
狂気が振り下ろされる瞬間まで、ペンタスは目を逸らさない。
その目にアイヴィーが映ることはなかった。
真っ直ぐ振り下ろされたニリスの手を、横に移動したペンタスの裏拳が叩く。
武器を手放した相手の懐に潜り込み、胸倉を掴み上げ、勢いのまま背負い投げる。
受け身を取る暇もなく、ニリスは背中から地面に叩き付けられた。
自分の体をすり抜けて行われた一連の動作に、アイヴィーが呆然と振り返る。
いつの間にかがっちりニリスを押さえ付けたペンタスが、悪役のような顔で嗤っていた。
「丸腰だからって油断するからこうなるんだよ。年上だろ、もうちょっと考えな」
『え……私の弟、世界一……?』
呆然と呟くすっとぼけた言葉に、ミラノスは盛大にため息を吐いた。
シスコンにはシスコンをぶつけるんだよぉ!!!!!!!!!!!!




