84 死地の外側で
現在、教会に聖人はいない。
災害が起きたとしても、役目を果たす聖人はいない。
それを狙って、ニリスは人為的な災害を起こそうとしている。
しかし。
「教会が、そんな殊勝なことするわけないじゃないか」
『ミラノスも辛辣だね』
だが、アイヴィーもそう思う。
そしてニリスもわかっていた。
「ああ、いざというときに無関係の聖人もどきを連れてくるだろう」
聖人は信者達の憧れだ。
憧れになろうと、虚偽の申告をする者。
見えていなくても見えていると主張する、聖人もどきは一定数存在する。
そして教義的に、そういう者達は聖人として役目を果たせと言われても、喜んで毒杯を煽るだろう。
『そんなの、余計な犠牲を増やすだけ』
ニリスの望む報復は叶わない。
それは、言動から本人もわかっている。
それがわかっていて何故、こんな大がかりな事をしているのか。
「――何人でも連れてくるといい」
ニリスの怜悧な美貌が歪む。
「信仰が正しければ毒は消えてなくなるだろう。そうでないなら、死の病を装った毒を撒き続けるだけだ」
『――そもそも全員殺すから気にしないってこと!?』
何人犠牲にしても構わないからこその行動。
いずれ手駒がいなくなり、自らを贄にしなければならないところまで追い詰めようとしているのだ。
今回広がりつつある死の病は、実際には病ではない。毒を摂取して起こる中毒症だ。
人為的に引き起こされたからこそ、彼がやめない限り延々と続く。
教会がどれだけの聖人を天へ還しても、その手を緩めることはない。
国を滅ぼす気がないと言いながら、大量虐殺は厭わないニリスに、誰もが愕然とした。
(……くそ、侯爵家の人間はそっち側か)
チラリとニリスの背後を確認したミラノスは、ニリスの言動に動揺を見せない侯爵家の使用人達に舌打ちをした。
彼らはクインティーナが、ミラノスが聖人だと知って動揺していた。しかし動揺したのはその点のみで、侯爵が企む計画を吐露しても動じない。
ということは、ニリスと同じ目的で行動しているということだ。
(王都滅亡に繋がるような報復を、本気で? 聖女に連なる……教会からの干渉が強そうなこの家が?)
正直もの凄く、解せない。
彼にも事情があるとアイヴィー伝いに聞いてはいるが、だからこそ。
――だからこそこの家には、教会の関係者で満ちていると思っていたのに。
(それだけ幼い頃に干渉されて、教会の人間が一人も紛れ込んでいないわけがない……教会にとっては侯爵こそが手駒のはず。今更手放すわけがない)
そんな家がここまで大きな計画を企てて、教会に情報が漏洩していないはずがない。
(それなのに、教会に動きが一切ない)
事情を把握していないのか、把握していて問題ないと判断しているのか――既に手を打っているのか。
さらにわからないのは、彼らの侯爵家への忠誠心。
彼らは何故、国に反逆してまでライコア侯爵家に尽くすのか。
「すまない、結局聖人を尊ぶのと、国を滅ぼすのが何故繋がるのだ?」
ニリスとミラノスの睨み合いに、何もわかっていないオクトスの疑問が飛んできた。
間に割って入っても気にせず発言するオクトスに、ミラノスの顔がぎゅっと顰められた。
(これが横やり……!)
なんて思ったがその通りだ。
俺には分からんと真顔で不思議そうにしているオクトスに、ニリスは嫌そうな顔をしている。先程から、ニリスはオクトスに厳しい。
恐らく……クインティーナが頼るように、オクトスに身を寄せているからだ。
(オクトスっていうか、聖人(姉認定)の傍にいる男性が嫌なんだろうなぁ)
言ってしまえば、聖人(姉認定)に性差を感じるのも嫌なのだろう。
脚を出しているクインティーナに対して見せた僅かな嫌悪感は、ニリスの嫌悪する女を垣間見たからだ。
(狂人の癖に細かいというか、狂人だから細かいというか)
そしてその部分に触れたら、面倒なことになる。
(お願いだから突っ込まないでねオクトス……!)
大真面目な顔でニリスを爆発させそうな気がして気が気ではないアイヴィーとミラノスだった。
「……信仰心から人は死ぬ。信仰心を捨てた者は土地を捨てて逃げ出す。だが死の病の流行る土地から逃げてきた者を、寛容に受け入れる土地などない」
『答えてくれるのね……』
狂っている割に変に生真面目だ。
「たとえその者が患っていなくても、可能性があるなら石を投げるのが人だ。だが、それを受け入れる土地があればどうなる」
「どうなる……? どうなるのだ?」
「逃げ出した人は皆、その土地に殺到するだろうね」
心底わからんと首を傾げるオクトスの前で、ミラノスが断言する。嫌そうな顔をしていたニリスはそんなミラノスに視線を戻した。
「そうだ。そしてその土地で献身的に病を治療し回復させることができれば、その土地は神の祝福を得た土地になる」
『なるかな――――!?』
例の毒がアイヴィーの知るヒ素と似たような毒なら、軽症ならば回復の見込みもある。しかし後遺症は治らない。
しかし感染源が毒ならば、その土地で病が広がることはないだろう。その土地に行けば病にならないと触れ込めば、確かに紙に祝福されていると言えるかもしれない。
「そしてその土地は、かつて偽物と言われた聖人の生地だ」
「……!?」
「うん?」
『ん――――!?』
察しのよいミラノスは盛大に顔を顰めた。察しの悪いオクトスは意味がわからないと首を傾げた。そこそこ察しのよいアイヴィーはまさかと問いかけるような声を上げた。
「ペルデュラン男爵家……」
全てはわからないが、ニリスがどこのことを言っているのかだけ察したクインティーナは、呆然と呟きを落とした。
「災害の外側から、信仰を改めればいい。教会が偽物と断じた聖人は本物だった。聖人の守る土地だ。聖人は神に近しいから病も撥ね除ける。聖人は何より尊い。新しい導き手は、王は聖人が相応しい……そう思わせるよう、男爵とは契約を交わした」
偽物と、斬り捨てられたからこそ。
そうではないと、本物だったのだと世に知らしめたい。
センタスはそう思ったのだろう。
そして。
「息子が聖人だったなら、聖人を探す手間もない……あなたこそ新しい世界の王であり、神だ」
聖人を頂点に立たせるとは、そういうこと。
あまりに荒唐無稽な話に、ミラノスはぎゅうっと顔を顰め。
『つまりミラノスが……新世界の神になるってこと……!?』
アイヴィーの発言に、言い表せぬ羞恥心に襲われた。
アイヴィー『新世界の神に俺はなる……ってこと!?』
アイヴィーの頭の中で複数の作品が混ざっている。




