83 誰よりも、何よりも上に
「そもそもおかしいとは思わないか。聖人は神に近しい、いいや神に等しい存在なのだから、神の代理人として誰よりも頂点に立つべきだろう」
「誰よりもって、誰のこと? まさか、王よりも上だと思っているの?」
オクトスの所為で聖人だとばれたミラノスは、オクトスを押しのけてずいっと前に出た。
恐らく、オクトスよりもミラノスの方が、ニリスにとっては優先度が高い。突然殺されることもない。
なにより、乱闘になったらオクトスに頼るしかないが、彼はペンタスを背負っている。こちらの戦闘力はゼロに等しいのだから、ニリスを刺激するのは避けたい。
あとは単純に、オクトスが前に出て何を口走るかが怖かった。本当に怖い。
(それに…)
護衛らしき男もだが、ニリスの腰にも剣が下がっている。
結局前に出てきて隣に並んだミラノスを、アイヴィーが心配そうに見下ろしているのがわかるが、この場で二番目に安全なのはミラノスだ。
(侯爵が俺に切りかかることはない)
その理由を、今まさに彼が口にしている。
「そうだ。王家よりも、教会よりも、聖人は上に立つべきだ」
爛々と光る赤い目が、ミラノスを通して誰かを見ている。
いいや、もしかしたら誰も見ていないのかもしれない。
前に出て会話をしても、ミラノスはニリスと目が合っている気がしなかった。
「むしろ何故、尊い彼らが人に尽くさねばならない? 下々の悩みに耳を傾け、毎晩神へ祈り届けるのは何故だ? 人生は神による試練と教えながら、何故神に救って貰える気でいる?」
ざわざわと、ニリスの語りに熱が籠もるたびに、背後の魂が蠢く。
まるでニリスの感情に呼応しているようで、不気味な動きにミラノスは喉を鳴らした。
「聖人が役目を果たしたところで、徒人は感謝するだろう。しかしその感謝も日々の苦労で薄れていく。一時の救いのために、何故尊い聖人が消費されねばならない。尊いはずの聖人が何故――……意に沿う結果を残さなかったからと、蔑まされなければならない」
ペルデュラン男爵家から輩出され、役目を果たした聖人。
役目のため天へ旅立つも、厄災を鎮めること叶わず、偽物の烙印を押された。
民衆の怒りを神から逸らすために利用された聖人の生家であるペルデュラン男爵家は、それ以来教会と袂をわけた。
それからも、教会に叛意を持つ者達が集う逃げ場のようになっている。
(ペルデュラン男爵家の者達は、ずっと怒っていた)
不当な扱いに。
教会にも、よしとした王家にも、都合のよい部分しか見ない民衆にも。
ずっとずっと怒りを抱えていた。
それは、ミラノスも、オクトスも覚えのある感情だ。男爵であるセンタスも、その怒りを抱えて育った。
抱えて育ったから。
(侯爵に同調したの?)
聖人は尊ばれるべきと主張するニリスに。
「……よくわからないね。聖人は尊ぶべきといいながら、あなたはこの国をあれらで滅ぼそうとしている」
チラリとミラノスが視線を向けたのは、血の気が引くほどの毒の山。
「さすがは聖人だ。あれを見ただけで、なんだかわかったのか」
「知る機会があっただけだよ。それで、聖人を尊ぶのと国を滅ぼすのに何の繋がりがあるの?」
『聖人を尊ばないこんな国は滅ぼしてやるーってこと? それはそれで安易すぎない? 精神が十歳くらいで止まってる?』
身も蓋もない。
オクトスは物理で押しやれるが、アイヴィーは自由すぎてどうしようもできない。指先は凍る程の緊張感も、彼女がいれば薄れるが、気が抜けるので黙っていて欲しい。
「滅びるのなら仕方がない。彼らの陳情が神へ届かなかったということだ」
「……聖人を犠牲にするのは反対なんだよね? なら誰が、神へ陳情するのさ」
「いるだろう、神に仕える者達が」
『神に仕える……教会の、神官達のこと……って、ああ、そういうこと?』
アイヴィーは頭を抱えた。
ミラノスも察した。
――ニリスの目的は、国を滅ぼすことではない。結果として滅びても、それは仕方のないことだと思っている。
「神に救って欲しいなら、神に献身的に誠心誠意仕えているのなら、その信仰心から彼らこそが、神へ言葉を届けるべきだ」
ニリスは聖人ではなく、神職の人間こそが、役目を果たすべきだと考えたのだ。
「聖人は目だ。神の目だ。神と同じ視界を持つのが何よりの証拠。その神の目を塞ぎ、都合のよい言葉だけ吹き込み、自分達が苦しくなったら肉体を捨てさせるなど、あってはならない」
役目と言葉を飾ってはいるが、結果的にしている事は自殺だ。
自殺した魂は、天へ昇れない。
聖人は神に近いから天へ昇ると信じられているが、本来なら禁じられている行為だ。
――役目が、自殺ではないのなら。
「姉上に毒杯を渡した大神官が、姉上に使命を説いた神官が、姉上を穢した者達こそが、役目を果たすべきだ」
『つまり人任せで文句ばっかりな奴らにそれならお前達がやれよってぶち切れたのね』
(やっぱり率直すぎる)
アイヴィーの言葉が聞こえたミラノスとクインティーナはほぼ同時にそう思った。
オクトス(つまり……なんだ???????)




