82 聖人二人
「ペルデュラン男爵は、私が思っているより秘密主義のようだな」
苦々しいミラノスの表情が見えたのか、ニリスは何かに納得したように目を細めた。
「それとも、口にしないことで『証言』から逃れているのか」
証拠を揃えるのが難しいこの世界で、事件が起きたときに重要視されるのが『証言』だ。
思案したのは一瞬で、ニリスはすぐにクインティーナへと視線をむけた。
「姉上、そちらは危険です。こちらへ」
クインティーナに向かって「姉」と呼びかけるニリスに、ミラノスの顔はひきっつった。聞いてはいたけどマジで言ってる。そういう顔だった。ちなみにオクトスは首を傾げている。聞き間違いを疑う顔だった。
一方クインティーナは、侯爵家こそが安全だと言いたげなニリスに疑問を抱いていた。まるで鳥かごから出ようとする鳥を、出そうとする子供を諫めるかのような声音だった。
(侯爵様は、囲うことで私を……聖人を守っているつもりなのでしょうか)
神の犬め、と憎々しげに吐き出された声が過る。
オクトス達を教会の手の者だと思ったからこその言葉。クインティーナが連れ去られると思ったからこその言葉だ。
――ニリスには、脱獄しているペンタスが見えていないのだろうか。
(確かに気絶していて、オクトス様が背負っているので、わかりづらいかもしれませんが……!)
「侯爵様は、何故ここに?」
ニリスが差し伸べる手を、取るわけにはいかない。
ペルデュラン男爵家を身内と考えているのなら、侯爵家に戻るのは一つの手かもしれない。しかし見張りは厳重になるだろうし、クインティーナが一人で部屋から出ることはなくなる。ペルデュラン男爵家の人々と対面できたとしても、脱出した前科があれば監視の目は厳しくなる。
だからここで、なんとしてでも逃げ切らなくてはならない。
(ですが何も思い付かないので……!)
クインティーナにできるのは時間稼ぎくらいだ。
なんとか会話を繋げている間に、逃亡方法やニリスを丸め込む方法を考えて貰うしかない。
「何故……か。そう、何故か、独房への道が開く音がしたので、ネズミの存在に気付いたので」
『やっぱあの音でかかったんだね!』
「二匹は捕まえたが、ネズミは一匹いたら他にもいるだろう」
『マイナ、フルス……捕まったのね』
誤魔化せなかったのかと、苦い顔をする。
「だからあなたが無事か、確認した」
そして誰もいない、窓の開いた部屋を見つけたのだという。
――開けっぱなしだったな、とクインティーナは脱出に使った窓を思い返した。
余裕がなかったからだが、あれではどこから脱出したのか丸わかりだ。
「まさか賊が窓から侵入してくるとは思っていなかった」
『アックインティーナが単独で脱出したとは思われていない』
ある意味当然だ。彼らの中で、クインティーナは貴族令嬢なので。
クインティーナの知る男爵令嬢はとてもワイルドだが、一般的なご令嬢は窓から出入りしない。
「賊が教会の人間なら、あなたは教会に連れ去られてしまう……だから、独房の入り口と、外に繋がる道で待ち伏せていたのだ」
「こ、侯爵様、自ら?」
「ああ」
頷いて、カクリと首を傾ける。
「ここを見た者は、殺さなければならないだろう?」
「ひ……っ!」
その動作が背後の霊と酷似していて、クインティーナは恐怖で竦み上がった。思わず庇うように立っている、オクトスの背中に縋る。
――それが、よくなかった。
ニリスの赤い目が冷えた。
「姉上。そのように、男に近付いてはならない。脚をそんなに出しているのもよろしくない」
脱出の際に動きにくいからと、クインティーナが自ら切断したスカートは、ほっそりとした彼女の足を惜しげなく曝け出していた。
「――まるで、おんなのようだ」
ぞく、とクインティーナの背筋が凍った。
ニリスのトラウマを、地雷を思い出したのだ。
(侯爵様は女嫌い……! 私は聖人だから女ではないと言っていましたけど、今その天秤が揺らいでいる気が……!)
足を出し、男に縋る姿がニリスの中で女に該当したのだろうか。
オクトスは大柄なので、華奢なクインティーナすっぽり隠れてしまう。この体格差も、性差を感じさせたのかもしれない。
そしてそのオクトスが、大真面目な顔をして言った。
「何を言っている。彼女ははじめから女性だ」
(オクトス様、そういうことではないのです――!)
会話に割って入ったオクトスに、ニリスは不快そうに眉をしかめた。
「もう一つ言うなら彼女はあなたの姉ではない。確かに類い希なる聖人ではあるが、彼女は彼女だ。混合しないでいただきたい」
『言った――――っ!!』
誰もが口にできなかった当たり前をオクトスが口にする。こんなときでも言うことは言う、堂々としたオクトスがもはや怖い。
ちなみに名前で呼ばないのは、クインティーナとテレーザの身代わりがバレていないのかわからなかったからだ。その程度の気遣いはできていた。
しかしニリスは不快そうにするだけで、紛れもない事実は届いていない。
「いいや、彼女は聖人で、姉上だ。彼女がここにいるのは、神の思し召しだ」
『さっき神の犬って言ってたじゃん!』
悪口に使ったり都合よく使ったり、まったく尊敬が感じられない。感じられないが、ニリスはいつでも本気で口にしていた。
「見届けよと言っているのだ。この国の行く末を」
(前も、そんな事言っていたような、気がする)
あのときは意味がわからなかったが、この場所を知ってしまった今となっては、国の行く末が不穏でならない。クインティーナは小さく震えた。
すげなく否定されたオクトスだが、諦めずキリッとした顔で叫んだ。
「聖人が姉だというのなら、我が弟も聖人だ! つまりあなたの姉という事になるが、弟は弟なので姉ではなかろう!」
「何盛大にばらしてんの!?」
ひたすら後方で様子を伺っていたミラノスが思わぬカミングアウトに思わず叫ぶ。
今それを言う必要があったか? それ程クインティーナを姉認定から外したいのか? むしろ外した方が危険なのだが、オクトスは真剣だった。
ニリスの後ろに控えていた使用人達が動揺する。彼らはクインティーナが聖人と言われた時も動揺していたが、さらにもう一人いると言われて驚いていた。
ニリスも目を丸くしたが、オクトスの言い分に不思議そうな顔をした。
「……? 姉上は男ではない。彼が姉上でないのは当然だろう」
『アッ性別の違いは考慮されるんだ!?』
狂っていてもそこは混在しなかったらしい。
それとも、女という存在に悩まされるからこそ、余計違いが目立つのだろうか。
「だがそうか、男爵が協力的だったのは、息子が聖人だったから……」
納得したように頷いたニリスは、ミラノスへと視線を向けた。
「ならばお前もここにいるといい。聖人は尊ばれるべきなのだ。犠牲になる必要はない」
『監禁要員増えるとかある?』
引きつった顔で突っ込みながら、アイヴィーは盛大に焦っていた。
だって、ニリスの言い方では、まるで。
「間もなく王都は死の病に覆われる」
――毒を撒くことで、死の病に擬態した中毒症状が王都で広がる。
「国の危機に、聖人がいては困る」
役目を与えられて、しまうから。
アイヴィー『シリアスになりきらないけれどやっぱりシリアスだったわ!!』




