81 後回しにしてきたもの
現れたニリスは、まるでRPGに出てくるラスボスのような有様だった。
(しかも第二形態まで行っている感じのラスボスって感じー!)
何故なら、彼の背後から既に邪悪に揺らめく女が顔を出しているからだ。
ニリスの背中から上半身を乗り出して、彼の首に絡まるよう腕を回している。かくりと傾いた首が、ゆらゆらと靡く髪が、全てひっくるめた不安定さが恐怖を誘う。
(段階を守って出てきてほしかったなー! 出会い頭に出てくるとは思わなかったなー!)
しかし憑依先のニリスはここにいるので、あの魂が縦横無尽に飛び回る心配がない事だけが救いだ。
食われるかと思って、わりと怖かった。
本能的な恐怖である。
アイヴィーもだが、見えているクインティーナもニリスと一緒に現れた魂に竦み上がった。
先頭に立っていたこともあり、もろに正面から対面してしまったのでぎゅうっと身を縮めている。先方が灯りを持って来たことで見えるようになったオクトスは、そんなクインティーナの前に出てニリスから庇っていた。怯えの先はニリスではないが、対処として間違っていない。
そしてミラノスは――――。
「……!」
口元を抑え、目を見開き、冷や汗を流しながらニリスの背後を凝視していた。
「なに……なに、あれ……!?」
ガクガクと小刻みに震え、青ざめた顔で視線がそらせない。汗が流れるのに指先は冷えて、うまく息が吸えず引きつった呼吸音が漏れた。
その反応に、アイヴィーはハッとする。
(もしかしなくてもミラノスは、魂を食べる魂の存在を見たことがない……!)
クインティーナも言っていた。彼女が見たのも一度だけだったから、ミラノスは存在自体知らないかもしれないと。
そして。
(私これの存在伝えていたっけ――――!?)
ちょっと覚えがない。
いや、ニリスが取り憑かれている話はしたが、それがヤバイ魂だとは伝えていなかった気がする。アイヴィーははじめて彷徨う魂を見たが、ミラノスとしては常に目にしていた魂。
その違いを口頭で理解できるはずもなく、魂を食べるなんて情報も優先度が低いと思って言わなかった。
むしろ忘れていた。
だって今の今まで被害がなかったから。
(アッ襲われたこと、クインティーナにも言ってない……?)
ペンタスを助けて欲しい気持ちが先行し、葛藤もあり、襲われた話をしていない気がする。したっけ? してない気がする。こりゃしてないわ。
(ほ、報連相――!)
かつてミラノスに文句を言っていたアイヴィーだが、まったく人のことは言えなかった。
そしてなんの心構えもない状態で怨霊レベルの魂と対面することになったミラノスは、あまりの悍ましさに吐き気を覚えていた。
クインティーナの予想通り、ミラノスは魂を食べる魂と遭遇したことがない。よって、今まで見てきた中でも一段と悍ましい存在に恐怖を覚えていた。
――それは本能的な恐怖だった。
体の奥を、内臓を、魂をかき混ぜられるような――。
『大丈夫よミラノス! アイツ旦那様から離れて行動できないから!』
アイヴィーはできるだけ励ますように明るい声を出した。
少しでも脅威を感じないように、ミラノスとクインティーナの視界を遮るように最前列に躍り出る。透けて向こう側が見えたとしても、間にアイヴィーが入っているならまだマシなはずだ。
『それに知っているでしょう? 死者は生きている人間に何もできないの』
励ますつもりがちょっと自嘲まじりになったのは、こんなときでも彼らを助ける事ができない不甲斐なさだ。
アイヴィーの言うとおり、ニリスに取り憑いた魂はこちらを見ているが襲いかかってこない。襲いかかってくるならアイヴィーめがけてだと思うので、アイヴィーは存在しない心臓がバックバクだった。
暗闇を照らすアイヴィーの背中を見て、ミラノスはぎゅうっと顔を顰める。
(生きている人間には何もできない)
アイヴィーは気付かなかったが、聡い彼は彼女の一言で、この魂の悍ましさを理解した。
(俺達に害がないからって、じゃあ大丈夫ってなるわけないだろ)
アイヴィーはわかっていない。
自分を勘定に入れない言動が、周囲に与える影響を、生前からわかっていない。
ミラノスはなんとなく、アイヴィーが関わると言動がおかしくなる人間が多い理由を察した。
そんなやり取りが見えていないニリスは、しかしじっとこちらを睨んだままだった。
落ち着いて確認すると、後ろに控えた使用人は三人。燭台を持った二人が後ろに控え、剣を持った男が一人、ニリスの背後に立っている。
普通、護衛対象の前に立つものではと思ったが、それより早くニリスが口を開いた。
「お前達は……ペルデュラン男爵家の者だな」
『じっくり顔を確認されてた!?』
何も言わないのではなく確認中だった。
薄暗い洞窟だが、ニリス達が来たことで視界が明るくなった。火元のあるニリス達の方が明確に見えるが、ミラノス達の姿も確認できる程度には明るい。
ちなみにアイヴィーはその火が怖すぎるので、できればそれ以上動いて欲しくない。燭台を持つ使用人達は、アイヴィーの恐れを知っているのかある一定のラインを超えなかった。
それにしても……吐き気をなんとか呑み込んだミラノスは、嫌そうに顔を顰めた。
(ペルデュラン男爵家の人間とわかった途端、空気が和らいだ)
まるで、誤解を見つけたかのように。
「男爵家の者なら、何故彼女を連れ去ろうとする。聖人は尊ばれるものだと学ばなかったのか」
そして同じ志の相手に語りかけるように、当たり前のように問われて、ミラノスは確信から胃が痛くなった。
わかっていたが、ライコア侯爵家とペルデュラン男爵家は間違いなく繋がっている。
(父上アンタ、こんな話しの通じない男と、何をしているんだ……!)
嫌な予感しかしなくて、ミラノスはきつく唇を噛んだ。
ミラノス「わかってたけど。わかってたけどさぁ……!!」
胃を押さえて蹲りたい。
アイヴィー『ところでペンタス見えてる??????』




