75 上を見ていると気付かぬ足元
ミラノスは独房の燭台を拝借して、灯りのない暗闇の先頭を歩いた。
本当はアイヴィーがいるから、彼女が灯りになるから燭台はいらなかったが、同行するオクトスとペンタスにアイヴィーは見えない。そしてオクトスはペンタスを負ぶっているので燭台を持てない。
ミラノスは彼のために、小さな灯りを持って進んだ。
『うーん、細長いトンネルだね、これ』
危険がないか確認するために先行したアイヴィーが、壁の様子を見ながら呟く。壁に手を当てたクインティーナは、アイヴィーの言葉通り冷たい土の感触を覚えた。
『横幅も高さも人一人が通れる程度……ペンタスをおんぶしているオクトス、結構辛いねこれ。足元に凹凸がないのが救いかな。それともそれだけ人の出入りがあると考えるべきかな』
ブツブツ独り言をやめないアイヴィーは、口に出しながら自分の考えをまとめているのだろう。正直、クインティーナは何もわからないのでアイヴィーが考察してくれると助かる。考えるより、オクトスが転んだり頭をぶつけたりしないかでハラハラしていた。
『人の出入りがあるくせに、灯りは一切ない……うーん、管理態勢どうなってるんだろ……』
煙を警戒してるのかなと呟くアイヴィーは、ミラノスの持つ燭台を見て目を細めた。
『煙、留まらないで流れていくね』
そう言って、くるっと回る。
『うん、外と繋がってはいるっぽい』
クインティーナにはよくわからなかったが、ミラノスはアイヴィーの言いたいことがわかった。
風が通っているのだ。
(つまり、この先は外に繋がっている)
それがどこに繋がっているのかわからないが、来た道を戻るよりは脱出の可能性が上がったかもしれない。
ただ、気になる点がある。
「……なんか、下がってない?」
「ああ、下り坂だ」
『えっマジで?』
飛んでいるアイヴィーは気付かなかったようだが、緩やかな坂道になっている。
そして道も真っ直ぐではない。緩やかに、湾曲している。
『地下からさらに地下に向かってるって事? え、どこに出るんだろ。水の気配もするんだけどな……』
そう言ってくるくる回るのは、緊張を和らげる意味合いもあるが、恐らくじっとしているより動き回った方が考えもまとまるタイプなのだろう。考えているときほど、アイヴィーはよく動く。
「……で、この先にある侯爵家の秘密とやらは、なんなんですか」
ミラノスは考えるより聞くことにした。
オクトスの背中でじっとしていたペンタス。彼はミラノスに問いかけられて、一度だけ身動ぎした。
「……ペルデュラン男爵家のお前達は、ライコア侯爵家が各地に配布している農薬の存在を知っているか?」
「それなら先程知ったばかりだ。虫除けだろう?」
問いかけたのはミラノスだが、受け答えはいつの間にかオクトスになっていた。
どこまで情報共有するか悩むミラノスと違って、オクトスは反射で応える。ぎゅっと眉間に皺を寄せたミラノスだが、今は素直なオクトスに任せた方がいい。アイヴィーは浮いたままミラノスの肩を叩いた。もちろん感触はないしすり抜けた。
ちなみにクインティーナとアイヴィーは薬については初耳なので、黙って話を聞いた。
「そう、よく効く虫除けとして、使用人や前妻の実家。少しでも付き合いのある家に送っている薬のことだ」
「俺たちの手助けをしてくれた使用人の家にも、それが送られたらしい」
言われて頭に浮かぶのはマイナとフルス。
ここまで聞いて、アイヴィーはいやな予感がした。
「実際、虫除けとしてはよく効いた。撒くだけで虫は死んだし寄りつかなくなった。だから貰った虫除けを最後まで使い切り、称賛して何度も貰った家もある」
「無償でか?」
「無償でだ」
『強烈にいやな予感を力強く察知』
アイヴィーは悲痛な顔でミラノスを見た。
ミラノスは視線を合わせなかった。
「そのときはわかっていなかったが、彼らはすぐに金銭以外の代償を支払うことになった……突然、作物が枯れだした。さらには、自分達にも不調が表れた」
「え、作物だけでなく、人も?」
クインティーナが心配そうに声を上げる。アイヴィーはミラノスの肩を何度も叩いたが、何度もスカスカと腕が通り抜けるだけだった。
「ああ。症状は嘔吐、下痢、高熱……肌に黒い斑点」
「そ、それは死の病では!?」
クインティーナが真っ青になって悲鳴を上げる。ミラノスも通過したので気持ちはわかる。
ふと、視界の端で揺れていた腕が止まったのに気付いた。
『肌に黒い……?』
無遠慮に振り回されていた手は、ピタリと止まっていた。
『不自然なくらい効果のある虫除け、時間差で枯れた作物に、体調不良……』
ブツブツ呟く声は小さい。恐らく後ろにいるクインティーナには聞こえていない。
「俺たちも最初は死の病を疑ったが、どうやら原因は他にあって……」
『死の病……に似た症状を出す、薬……?』
「何か知ってるの?」
ミラノスは思わず、小さく問いかけた。幸いなことに、ペンタスはクインティーナの慌てる様子に気を取られている。
アイヴィーは血の気の引いた顔で、額を押さえ天を仰いだ。
『似た症状のでる毒薬、知ってる――――っ!』
そうアイヴィーが叫んだのと。
「あ。」
ミラノスの足元から地面がなくなるのは、同時だった。
アイヴィー『前世で読んだ推理小説に出てきたぁ――――! もしかしてもしかするー!? でもここ異世界――――!!』




