74 道の選択肢
「障りがあるとはどういう事だ。姉のペンダントに何かあるのか?」
「ヴィニカリス伯爵令息のお気になさるようなことではありません。ただ、侯爵が執着している品なので、彼女以外が持っていると障りがあると言っただけです」
「その侯爵に見付からぬよう、ここから出るのだろう? 会う予定のない輩を警戒しての発言か?」
「何があるかわかりませんので。いずれお手元に戻ると思われますが今ではありません」
(あーやってしまった本当にやってしまった)
アイヴィーは苦虫を噛み潰した顔で、ペンダントを抱えてミラノスとペンタスを見比べているクインティーナを見下ろした。
姉の遺品を一つも持っていないペンタスとしては、クインティーナがよしとするならペンダントを受け取りたい。しかも彼が姉に贈ったペンダントだ。思い入れは一塩だろう。
だというのにそれを阻止するミラノス。
ペンタスからすれば、ニリスほどではないが彼もまた姉の遺品受け取りを妨害する厄介な相手に見えるだろう。
(タイミングが悪かったなー)
ペンタスの手当が終わり、独房から脱出したことで安堵したアイヴィーは、腕を組んで一人頷いた。
クインティーナの厚意は嬉しいが、今ではない。その点に関して言えば、アイヴィーもミラノスと同意見だ。
なにせ、ペンダントはアイヴィーの憑依先。行動範囲の中心地点だ。
(ペンタスの手元にいくのは嬉しいけれど、そうなるとクインティーナ達のお手伝いはできなくなるからね)
クインティーナがニリスから逃げた後なら大歓迎なのだが、まだ脱出すらできていない。
『だからここで仲間割れされると厄介なんだよねー!』
睨み合うミラノスとペンタスの間に浮きながらアイヴィーは叫んだ。
クインティーナとミラノスにしか聞こえていないが、四人のうち二人に聞こえているなら充分である。
『私の遺品を渡さないのはいじわるでもなんでもないから! 理由あってのことだから! 全部片付いたらヴィニカリスに返却されるから多分! だからペンタスはその厄介な店員を見る客の顔やめなさいね! ミラノスはミラノスで厄介な客を見る店員の顔やめてね!』
変なところで心境を一致させないで欲しい。
二人揃って「こいつ面倒くさい」という顔をしている。
「よくわからんが、まずはここを脱出しないか。その後ゆっくり話し合おう」
『よく言った!』
「そ、そうですね済みませんその通りですっ」
本当によくわかっていないオクトスが、静かなにらみ合いを続ける二人の間に入る。正論だったので、クインティーナもすぐさま頷いた。
睨み合っていた二人もそう思ったのか、無言で目を逸らす。言葉でやり取りしないあたりにちょっと未熟な部分が垣間見え、アイヴィーはなんとなくほっこりした。
二人の間に入ったオクトスが、とても自然な動作でペンタスを負ぶった。
「……な、なぜ?」
「血が止まっても、頭部の損傷だ。足元も覚束無い様子だったので、俺が運ぶ。体力には自信があるので安心してくれ」
「せめて一言、いやもういい……」
抵抗しようとしたペンタスは、少し動いて貧血を起こしたのが大人しくなった。その様子を見たアイヴィーはオクトスを褒め称える。
『よくやった! 日常ではズレているけれど非常時ではとっても頼りになる! クインティーナが惚れただけはあるね!』
「アッ」
思わず呼びそうになった名前をなんとか呑み込むクインティーナ。きゃっきゃとする女性陣を呆れた目で見たのはミラノスだけで、オクトスは来た道を引き返そうとしていた。
「待て、このまま帰るわけにはいかない」
『いや帰ろう!?』
怪我をしているのに何かする気のペンタスに、アイヴィーが悲鳴を上げる。
「反対側、そちらに通路が続いている。俺の予想が正しければ、この奥に侯爵家の秘密があるはずだ」
「侯爵家の秘密?」
「……ペルデュラン男爵家なら把握しているかと思ったが、お前達は本当に知らないようだな」
ミラノスは顔を顰めた。
「あなたは侯爵家の秘密を知って、ここに?」
「侯爵の考えはわからない。知られたくないなら、ここに入れず殺しただろう」
ミラノスがアイヴィーを見た。
アイヴィーは首を振る。
『秘密を知っているのかって質問なら、ノーよ。知らない。私、地下があるって今日まで知らなかったし』
地面に潜る、という意識もなかった。
潜った先に地下がなければ、泥に沈むような恐怖を覚えただろうから、やっぱり地下について知ることはなかっただろう。
「この先に、その秘密があるって確証は?」
「そこの見張りが話してくれた。少し怒らせたらすぐにな」
『煽ったのかぁ……』
「ああ、俺と目が合ってすぐ逃げだしたのは、この先に逃げ場所があったからか」
二人の会話を聞いていたオクトスが、納得したように頷いた。
やけに奥の方で昏倒させられていると思っていたが、独房へ降りてくるオクトスを見て即座に逃げだしたらしい。勝ち目がないから隅にへ逃げたのかと思ったが、更に奥に道があったらしい。
アイヴィーは泳ぐように空中を進み、燭台の灯りが届かない独房の奥を照らした。
彼女の体から漏れる光で、ミラノスとクインティーナは確かに道があるのを認める。
「このまま上に逃げたところで、侯爵家の屋敷内だろう。それなら、このまま侯爵の秘密を徹底的に暴きたい」
「怪我人が、よく言いますね。このまま見付かったら今度こそ殺されますよ」
「上で見付かっても同じだろう」
ミラノスは嫌そうな顔をした。
しかしその通りだ。
(仕掛けが起動したときの音で、誰か来ているかもしれない。マイナ達が誤魔化したところで時間稼ぎにしかならない。ここで対面して大騒ぎするよりだったら……)
アイヴィーの元へ足を進めたミラノスは、彼女の明かりを頼りにさらに奥を確認した。
耳を澄ませば、水の音がする。
『多分、水路があるね。秘密はわからないけど、一か八かここから外に出られるかも』
(独房が、そんな甘い作り?)
アイヴィーの言葉は希望的観測。現実的ではない。
だが、上に戻って脱出するよりは、見付かる可能性は低そうだ。
振り返ったミラノスは、指示を待つオクトスと睨むようなペンタスと顔を合わせた。
「……行きましょう」
アイヴィーは思わず笑った。
もの凄く、嫌そうな顔だったから。
ゆっくり確実に近付いています……




