72 積み重なる違和感
フルスが毒を持ち込んでいるとアイヴィーから告げられ、ミラノスは頭を抱えていた。
そもそも、突けば破裂しそうなマイナと違い、フルスの行動はまったく読めない。
(喋らないんだから、わかるわけがないよね)
語るのはもっぱらマイナで、フルスの意思表明は相槌のみ。それでも不審者の確保や周囲の警戒など、マイナと同意見であることは行動から窺える。
(喋ったと思えば、馬車についてだったし……説明が必要な時と、四人目に関する時しか口を開かないんじゃ、何を考えているのかわからない)
兄妹揃ってアイヴィーに対し、重たい感情をむけているのはなんとなくわかる。
暴走気味のマイナを気遣うような行動を見せるが、そのフルスが毒物を隠し持っている。
(マイナが持っているよりマシ? ……いいや、暴走して毒を使うかもしれないマイナより、計画的に使いそうなフルスの方が危険な気がする)
幸いなことに、毒を盛られたらわかるアイヴィーからの警告だ。彼女もフルスの動向を気にするだろう。
(ひとまず……ヴィニカリス伯爵令息に関しては、全員同じ心持ちだし、そこまでは問題ないでしょ)
彼らのアイヴィーに対する敬愛が本物だからこそ、それだけは信じられる。
こそこそ侯爵家を進みながら、ミラノスは前のめりなクインティーナとマイナを見た。すぐ後ろに保護者のオクトスとフルスが並んでいる。
『独房の入り口はね、入り口から一番遠い位置にあるの。多分脱走を防ぐ為だと思う。他にも入り口がありそうだったけれど、私が知っているのはこっちだけ』
そう言って縦横無尽に飛び回るアイヴィーは、クインティーナを案内しながら人気の確認もしていた。
『ちなみに鍵がかかっているけれど、鍵穴のないタイプの鍵でね。絡繰り仕掛けの扉だったから私でも開けられるよ!』
最終的にクインティーナの行動を止めなかったのは、クインティーナでも中には入れるとわかっていたかららしい。辿り着くまでは難題だが、辿り着きさえすれば出入りが可能だった。
『私が一緒にいたときは見張りもいなかったけれど、今はわからない。その場合はオクトスにきゅっとして貰いましょ』
言いながら両手で雑巾を絞る動作をする。なかなか物騒だ。そのつもりだけれど。
それにしても。
「やけに、人が少なくない?」
「それは俺も思っていた」
まったく人に会わない訳ではないが、やけに遭遇率が低い。
ライコア侯爵家はとても広い。大きな建物とは、維持するのに人手がいる。
『まあ、こっちは滅多に人が来ないかも。独房の出入り口があるから、来ても見張りくらいでしょうし……』
ミラノスとオクトスの呟きを拾って答えたのはアイヴィーだった。
マイナとフルスは何も言わない。クインティーナはソワソワと人の気配に過敏になっている。それを落ち着かせようと、アイヴィーはくるくる回った。
『もしくは、つい最近はペンダントの大捜索で寝る暇を惜しんで働かせていたから、その反動かな? その前は総出でクインティーナの見張りをしていたし、人使いが極端だよね~』
アイヴィーの呟きはクインティーナとミラノスにしか聞こえていない。
オクトスは相変わらず人の少なさに首を傾げているし、マイナとフルスは黙っている。クインティーナはアイヴィーに問題ないと言われて、歩を進めた。
人使いが極端だ、なんて。
(働かせた後に休ませる。そんな良心的な主人だったら、こんな事にはなっていないでしょ)
貴族にとって使用人は家具だ。
働いたところで、当然としか思わない。
アイヴィーは伯爵家とそれなりの家格だというのに、あまり貴族の思考に染まっていない。ヴィニカリスは一部では聖地と崇められているので、労働環境が少し気になった。
それはそれとして。
独房の出入り口があるから人気が少ない、というのはあるだろう。
人払いしておけば、立ち入り禁止区域にしておけば、脱走者が出たときに裏切り者にも気付きやすい。
しかしそれは、常に独房を使っている場合だ。
マイナやフルスが独房の存在を知らなかったなら、そもそも一部しか存在を知られていないのなら、人払いは違和感に繋がる。ここに何かあると宣言しているようなものだ。
もし、普段から人払いがされていないとして。
それなのに、人が少ない理由は?
「まあ、少ないに越したことはないな。クインティーナ、目的地までどれくらいだ?」
『後はもう目と鼻の先』
「ま、間もなくですっ」
首を傾げていたオクトスだが、すぐに思考を放棄した。ミラノスは呆れた視線を投げたが、振り向かないマイナの肩が下がったのが見えた。
肩が下がった。それは、今まで強張っていた……緊張していたことを意味する。
(何故? 今の話題のどこに、緊張するような内容が?)
違和感を掴む前に、アイヴィーがすーっと廊下の突き当たりを旋回した。
『ここだよここ。ここの、何も置かれていない台座。これが動くの』
アイヴィーが言ったとおり、突き当たりには長方形の台座があった。説明しながら、アイヴィーは左手の壁を指差した。
『見える? この窪み。指で引っかけて、手前に引くと台座が動くようになってるよ。構造は知らないけれど、使用人が使っているのを見たから間違いない』
「ここを引けば、そこの台座が動いて扉になります」
反射で通訳するクインティーナを止めるのはもう諦めた。言いながら絡繰りを起動させたのも、仕方がない。
台座が動いて現れたのは、台座より少しだけ狭い通路。空洞の下は下り階段になっており、奥の方で蝋燭の灯りが揺れている。ミラノスの脳裏には情報屋ディジットの店が浮かんだ。地下にあるのだから、形状としては同じだ。
しかしここで誤算が一つ。
思った以上に、大きな音がした。
『あっれこんなに大きな音出たっけ!? こんな音出たっけ!?』
「どどど、どうしましょうっ」
「台座が大きいから移動すれば必然と音も大きくなるか。急がないと人が来るな」
「納得している場合!? さっさと中に入って!」
何故か一度経験しているはずのアイヴィーが一番驚く中、ミラノス達が中に入る。マイナとフルスが続くかと思えば、彼らは来た道を戻ろうとしていた。
「マイナさん? 何を……」
「誰か来たら誤魔化しとくから、早く伯爵令息をお助けしてくれないかい!」
確かに時間稼ぎをするなら彼らに任せるしかない。
クインティーナは躊躇ったが、問答する時間も惜しい。ミラノスはクインティーナの首根っこを掴み、独房へと足を踏み入れた。
「ミラノス様……マイナさん達は大丈夫でしょうか」
「俺達といるのを見られるよりはマシだと思うよ」
言いながら、薄暗い階段を下りる。ディジットの店よりは勾配が緩やかで、その分だけ段数が多かった。
ちなみに、オクトスが真っ先に駆け下りていったが、それは見張りがいたら音で侵入がバレているはずなので、早急に対処するためだ。こちらもディジットの店でやったが、先手必勝である。
――正直、マイナ達はまだ不安材料だ。目を離すのは怖いが、目的を達成しなければ。
階段を下りきると、鉄格子が並んでいるのが見えた。壁には燭台が備え付けられており、炎がゆらりと揺れている。
鉄格子の奥に灯りはないが、どこに目的の人物がいるのかはすぐにわかった。
闇の中で輝く、アイヴィーが居る場所が、ペンタスの居る場所だ。
「何者だ」
暗闇の中で、誰何の声が響く。
奥へと進んたミラノスとクインティーナが見たのは、ひげ面の男を昏倒させたオクトスの姿。
そしてその更に奥に見える鉄格子越しに、心配そうなアイヴィーに寄り添われた、血だらけの青年だった。
最初に絡繰りが起動したとき、誰より煩く騒いでいたのはアイヴィーなので、音の認識が薄かった。




