71 地下に囚われた弟様
――――とにかく、ミラノス達が多少無理をしてでもライコア家に侵入したのは、ペンタスが囚われの身になったと知ったからだ。
「ヴィニカリスの護衛が正面入り口で騒いでいたから、侯爵家を訪ねた伯爵令息の消息が不明なのはすぐにわかったよ。令息は泊まるけど護衛は中に入れないなんて、怪しんでくれって言っているようなものだし」
『旦那様誤魔化す気ある?』
「そ、そうですね……」
思わず反射でアイヴィーが口を出したので、クインティーナの相槌がどちらに対してだかよくわからない間合いになってしまった。
アイヴィーはペンタスが殴られてからずっと一緒にいたので、侯爵家の人間がどんな誤魔化しをしたのか知らなかった。知らなかったが、あまりにも杜撰なやり取りに、本当に行き当たりばったりの可能性が出てきたなと遠い目をした。
「それで、その護衛がたいそう騒いでくれていたから、良い陽動になったよ。まだ日が高いのに、ここまで来るのに誰にも見付かっていないくらい陽動が役立っている」
「見付かりそうになっては、この2人が誘導してくれるのも心強かった」
『ま、間違いなく私より有能……!』
接近を警告することしかできないアイヴィーは、警報器としての性能の違いを感じて慄いた。ちなみに限定的ではあるが、俯瞰できるアイヴィーに警報器として勝つ人間はまずいない。
「で、本来の目的とは違うけど、ヴィニカリス伯爵令息が消息不明なら助けたいってこの二人が言うから」
「閉じ込めていそうな部屋を探していたんだ。滅多に使わないけど、人を閉じ込めるならここかと思って」
クインティーナより先に、本来はペンタスを助ける予定だったらしい。
それもそうだ。逃げ隠れするのだから、一応安全面の保証がされているクインティーナは後回しになる。
結果としてペンタスは見付からなかったが、落下したクインティーナの救助は間に合った。
「で、クインティーナが動いたってことは、その弟様のことを詳細に知ったからでしょ」
「はい、そうです。アイ……親切な方が、ヴィニカリス令息が訪ねてきた事を教えてくださって」
クインティーナの言動がちょっと怪しくて、アイヴィーは無駄にハラハラした。
「その親切な方の情報は、確かなのかい」
「はい、信用できます。ですが私一人で独房に閉じ込められた弟様をお助けするのは無理なので、せめて怪我の手当だけでもと」
「独房? つまり地下なの? えぇー……」
「怪我? ご令息は怪我してんのかい!」
「ひゃわわ」
面倒だと顔を顰めるミラノスを押しのけて、マイナがクインティーナに迫る。目を白黒させたクインティーナは咄嗟にオクトスに縋り付いた。オクトスが庇う動きを見せるが、気にせずマイナは距離を詰める。
「ど、どんな感じかわかるかい? 命に別状は? 手当が必要なくらいの怪我ってことかい?」
オロオロするマイナに、チラチラ様子を伺うフルス。急にソワソワし出した二人に、クインティーナとミラノスはついアイヴィーを見た。アイヴィーは廊下を警戒しているので後ろ姿しか見えない。
「ヴィニカリス伯爵令息は……四番目の奥様の、アイヴィー様の弟君だ。あの方が、とても大切に語っておられたお人だ。なんとか逃がしてやりたいんだ」
『マイナ……!』
切実な声音に、廊下を警戒していたアイヴィーが感じ入った声を上げる。
アイヴィーからしてみれば、ツンツンしていた野良猫が急にデレたようなもの。二年経ったのに慕ってくれている様子に、純粋に嬉しくなった。
そのマイナが野良猫どころか思いを拗らせて狂犬のようになっているなど、予想もしていない。
狂気の一部を垣間見ているミラノスは、感動しているアイヴィーになんて呑気なんだと苛立ったが、伝えることはできない。そんな暇もない。
同じく何も知らないクインティーナは、マイナがとても主人想いの使用人に見えた。アイヴィーから最後にちょっとだけ懐いてくれた子、程度の情報だったのも大きい。
そのマイナが昨夜、フルスと一緒にミラノスに襲いかかった情報はすっかり忘れられている。
「ええとその、どうやら後ろから頭を殴られたご様子で、出血が酷いので手当が必要とのことです」
「な……! なんだいそりゃ! こんな所で話している場合か!」
わっと顔色を変えたマイナが立ち上がる。窓の外を確認し、廊下の様子を伺っていたフルスの元へ駆けていく。
「頭部の出血なんて、大事じゃないか! 早くお助けしないと!」
「待て。お前達は独房の場所を知っているのか?」
オクトスからの制止に、マイナがぎゅっと口を引き結ぶ。
「閉じ込められた場所の候補がここだったのだ。独房の存在も今知ったのだろう。気が急いた状態で飛び出しては怪しまれる」
「侯爵家の内部を知っているのはあたしらだけだろ! 怪しい場所は心当たりがある!」
『通訳求む通訳求む! 場所は私が知っているから、クインティーナに案内して貰うから通訳求む!!』
「わ、私が知っています!」
慌てて室内に首を引っ込めたアイヴィーが叫ぶ。反射的に知っていると答えたクインティーナを、ミラノスは苦虫を噛み潰した顔で見た。
「私が案内できます!」
何故なら、二手に分かれて救出組と脱出組に別れたかったから。
できることなら、クインティーナには脱出を悟られる前に侯爵家の外に逃げて欲しかった。
しかしクインティーナが案内できると宣言すれば……。
「こ、侯爵夫人ですのでッ」
「……そうか、確かにそうだ……じゃあ、頼むよ。あたしらを連れて行ってくれ」
「お任せくださいっ」
こうなってしまう。
(この人数でぞろぞろ移動したらバレるでしょ)
もしくは、このままこの部屋に隠れていて欲しかった。
(ここに来るまでも危なかったのに。いくら侯爵家の使用人達の質が落ちているからって、こんな目立つ……)
頭を抱えたミラノスは、ふと視界の端でアイヴィーのきらめきが動いて視線が吸い寄せられた。
その視線の先で、アイヴィーがフルスの下半身に頭を突っ込んでいた。
「ブフォッ!?」
あまりの構図に思わず噴き出す。突然噴き出したミラノスに視線が集まるが、それどころではない。
(――何してんの!?)
あまりの暴挙に怒鳴ってやりたい気持ちになるが、アイヴィーは難しい顔をしてフルスから離れた。そのままぐるりと旋回しながらミラノスに近付き……。
『何がどうして昨夜のあれからこうなったのか、全然わかんないけど……フルス、毒持ってるから、気を付けて』
「――――……」
囁いて、上昇して、ぐるっと回って、アイヴィーは廊下の様子を見に行った。今にも出発しそうな様子から、それは正しい。
――アイヴィーの特技は、毒の有無を見分けること。
フルスが例の農薬を持ち込んだことが発覚したが、同様に、それが毒であると証明された瞬間だった。
アイヴィー、クインティーナには聞かせない方がいいかな? と判断。
クインティーナ、見聞きした情報で左右されがち。
ミラノス、情報がごちゃごちゃしていて頭を抱えている。
オクトス、何もわからない。




