70 一言多いともいう
ミラノス達がいたのは、ペンタスが案内されたのとは違う客室だった。
侯爵家ともなれば客室は複数あり、客のランクによって案内される部屋は変わる。ペンタスが案内されたのは二番目にランクが高い部屋で、今いるのは最低ランク。逆に滅多に利用されない客室だ。
よって手入れも最低限。本来ならばランクなど気にせず、いつでも使える状態にしておくのが理想だが、現在の質の悪い使用人が多い侯爵家ではほぼ放置されていた。
そんな状態なので、いきなり人が来る心配もない。
窓の外から人影が見えないようにだけ気を付けて、彼らは何があったのか話し合っていた。
ちなみにフルスは出入り口で万が一を警戒しているが、その隣には壁に頭を突っ込んで廊下を直で見ているアイヴィーがいる。誰か来たら遠慮なく叫ぶつもりだ。
「まず俺たちがなんでここにいるのかだけど……そっちの二人の協力を得ることができたから」
「協力、ですか。お二人は侯爵家の使用人、ですよね」
ミラノスもクインティーナもそんなアイヴィーが確認できたので、比較的気を抜いて会話できた。
クインティーナは赤みの残る頬で、初対面の二人を見る。
侯爵家で過ごしている者同士だが、マイナ達は使用人。働く場所が貴人の目に触れない場所なので、顔を合わせたのははじめてだった。
「……ああ。あたしがマイナで、あっちが兄のフルスだ」
「あなた方が……ご協力、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたクインティーナに、マイナは不可解そうな顔をする。
クインティーナは二人の話をアイヴィーから聞いていたので、名前を聞いてすぐに警戒を解いた。更に言えばペルデュラン男爵家の人間と合流できた安心感から、すっかり貴族令嬢の猫が剥がれ落ちている。
そもそも現在の格好が貴族令嬢の格好ではない。
「お互いの利害が一致してここまで来たわけだけど……まさかクインティーナが、自力で部屋を脱出しているとは思わなかった」
「外を見て、あなたが壁伝いに移動しているのを見たときは、心臓が止まるかと思った」
「も、申し訳ございません」
真摯なオクトスの声音と上擦ったクインティーナの声を聞いて、アイヴィーは頭をスッと引っ込めて振り返った。
今になって落下の恐怖を思い出したクインティーナは、すっかり腰が抜けていた。そんな彼女を支える様に座り込むオクトスは、彼女を支える様に肩を抱いている。
「だというのに、あなたはバランスを崩してしまうし……間に合ってよかった。本当に」
オクトスの武骨な指が、クインティーナの輪郭を撫でる。
普段の大雑把でおおらかな様子からかけ離れた、物静かな声音と動作に、クインティーナの頬がぽぽぽと染まる。すっかり体を硬くして小さくなってしまったクインティーナに、アイヴィーは満足そうに頷いた。
(早く付き合っちゃえよ)
そこで、嫌そうな顔でこちらを見ているミラノスと目が合う。
黙って見張ってろという顔だった。
アイヴィーはそっと壁に顔を突っ込んだ。
視界の端に立つフルスに引っかかるものを感じたが、それより見張りが大事だ。
「……妹相手に、ずいぶん過保護だな?」
そして仲睦まじい彼らの様子を、マイナが気持ち悪そうに見ていた。
マイナからしてみれば、三人は男爵家の三兄妹だ。マイナ自身も妹なので、兄と距離が近くて甘い空気を醸し出す様子にだいぶ引いていた。
「まあ、久しぶりだからね」
そしてミラノスは説明が面倒だったので、誤解を解くのを諦めた。
どう転ぶかまだわからないのに、クインティーナの事情はトップシークレットだ。実は平民の侍女とバレたら扱いが変わる。
視線に気付いたクインティーナは慌ててキリッとした顔になるが、赤みは全然引いていない。
「……ねえ、あんた。そのペンダント」
そこでふと、マイナがクインティーナに声を掛けた。
仮にも侯爵夫人のクインティーナにかける言葉としては不遜すぎるが、実際はクインティーナが一番、身分が低い。特に気にせず、マイナを見た。
「それ、あんたのかい」
ピリッとした緊張を感じたミラノスが、マイナから一歩離れる。
「これですか? お借りしているもので、アイヴィーさんのペンダントです」
「……お借りしているって事は、あんたのじゃない?」
「侯爵様から渡されましたが、私の物では……できれば、ヴィニカリスの方へお渡しできればと思っています」
その言葉に驚いたのはアイヴィーだ。
まさかクインティーナがそう考えていたとは。
「……そっか。ならいいよ」
マイナはクインティーナの言葉に何か考えていたようだが、納得したように頷いた。
クインティーナは不思議そうに首を傾げたが、ミラノスとオクトスが視線を交わして小さく頷いた。廊下を見張っているアイヴィーだけが、そんな空気を視認できない。
(なんかおかしいな……?)
協力関係という割にはピリッとした空気に、首を傾げる。
しかしそんな空気もすぐに霧散した。
「で、俺たちが多少無理をしてでも今日、侯爵家に忍び込んだのは、多分クインティーナが今動いたのと同じ理由だよ」
言われて、クインティーナはハッと顔を上げる。
「弟様を、早くお助けしなければ……!」
「弟様?」
「弟……って、あんたそれ、アイヴィー様の弟様って意味かい?」
「あれっ」
『ちょっと気が抜けすぎだよクインティーナ!!』
毎回呼び方で不信感を抱かれるクインティーナに、アイヴィーは思わず廊下を見張りながら叫んだ。
もう大丈夫、そう思ってしまいました。




