67 お姫さまじゃない
『無理だよ! クインティーナも困っちゃうよこんなん! 言われたところでどうしたらいいのかわかんないじゃん! 旦那様に訴えて貰ったところで解釈違いって殺されちゃうじゃん! ペンタスもクインティーナも死んじゃうじゃん! なんの解決にもならないじゃん!! じゃんじゃんうるさいなこのヤロー!!』
「あ、アイヴィーさん……?」
クインティーナは大人しく、部屋で刺繍をしていた。
ソワソワした気持ちを落ち着かせるために細かい、根気のいる手作業がしたかった。部屋を出ることができないからこそ、時間を潰す手間暇かかる作業がしたかった。そんなクインティーナにとって、刺繍は暇つぶしにもってこいである。
本当は、もっとアイヴィーやミラノス、オクトス達の為に何かしたい。
だが助けられる立場のクインティーナの役目は、その身を守ること。いざとなったら自らの足で逃げられるように、健康であることだった。
そう思い、逸る気持ちを納得させ、刺繍を刺していたのだが。
早朝に飛び出していったアイヴィーが、何やら混乱状態で戻ってきた。
『かといって他に手もないんですけどね――――っ! 何も思い付かない!! せめて私がポルターガイストできる系の霊であれば!』
「ぽる……?」
『もしくは自由に憑依できる系の霊であればっ大暴れできたのにっ!!』
よくわからないが、アイヴィーの大暴れはすごそうだ。
今も座っているクインティーナの膝の高さで、膝を丸めて上体を倒し小さくなっているが声は大きい。
クインティーナにしか見えていないからと、アイヴィーは言動が自由だ。これ以上自由になるなんて、クインティーナには予想がつかない。
「何かあったのですか?」
『あったんだけど……あったんだけど』
丸まって顔を伏せた状態のアイヴィーの歯切れは、悪い。
伝えたいが言いたくない。そんな葛藤があるようで、声音だけでも気まずそうな空気を感じた。
もにゅもにゅ口を動かしていたアイヴィーだが、ハッとして顔を上げた。
『……って、そんな私と会話していて大丈夫? 使用人に見られたら不審がられるんじゃ……?』
我に返って顔を上げたアイヴィーは、部屋の中にクインティーナしかいないことに気付いた。
『……お付きの侍女、どこ行ったの?』
「私が大人しくしていたからでしょうか。今日の朝から、人が少なく……とうとういなくなりました」
『怠慢だね!?』
監禁対象が大人しいからと目を離すなど、逃げてくださいと言っているようなもの。
そう思い叫んだアイヴィーだが、ふと思い至る。
(……ペンタスってアポ取ってた? 急に来た? アポなしで来たなら、侯爵家がお出迎えでてんやわんやしたのはわかる……いや、ペンタス一人を迎えるのに人手が足りないとか、侯爵家としてダメじゃない?)
質が悪いとは思っていたが、本格的に使用人の教育が必要だ。
(……って、これは女主人が考えること!)
それどころではないと、アイヴィーは首を振った。
『実は、私の弟が……』
気まずそうにアイヴィーが語ったのは、実弟が侯爵家に来てからの顛末だった。
話の内容に、クインティーナは目を見開いて口元を押さえる。
「そんな……では、弟様は、今も地下の独房に?」
『そう。私は例の魂に襲われて、移動せざるを得なかったけれど……あの子はまだあそこに居る』
そう言ったアイヴィーは、とても心配そうだった。
(家族……ですからね、当然です)
クインティーナに家族はいないが、家族のような人達はいる。
『ペンタスの無事も、ペンタスの言っていたことも気になるし……助けたいけれど、私ができるのは見える聞こえる人に訴えることだけ。訴えられたところで、クインティーナも困るってわかっているんだけど……』
クインティーナは非力だ。
助けを待つ、囚われの身に近い。
だけど本当は……。
「大丈夫です、アイヴィーさん」
クインティーナは、グッと拳を握りしめた。
「弟様を、お助けしましょう」
『クインティーナ?』
「今こそ、蓄えていた力を解き放ちます」
『クインティーナさん?』
「お嬢様のお忍びに付き合ってきた経歴が、今こそお役に立つときです」
『ごめんちょっと待って!?』
クインティーナは手にしていた刺繍セットを置いて、ふんすっと立ち上がった。
貴族令嬢らしい優雅な振る舞いは投げ捨てる。一緒に着ていたドレスも投げ捨てた。アイヴィーが悲鳴に近い制止の声を上げているが、立ち止まる理由にはならない。
クインティーナは、ずっと待っていた。
助けられる日を待っていた。
クインティーナの行動が、ニリスの逆鱗に触れるかもしれないから。ニリスがその気になったら、クインティーナは殺されてしまうから。
じっとしているのが正解で、助けを待つのが安全。
さながら、それは囚われのお姫さまだった。
――だがクインティーナは、お姫さまではない。
(皆さんが、助ける準備をしてくださっていた。だから私は待っていられた……でも、助けを求めている人がいるのなら)
裁縫ばさみで、一番地味なドレスのスカートを切断する。膝丈にして、いつでも走れるように調整した。
「私が、お助けしますっ」
『お待ちになって!』
クインティーナの意志は、固かった。
アイヴィー『制止しているのに止まる理由にならないってなに!?』




