66 魂の行き場
この世界では、魂の存在を誰もが信じている。
見えないけれどいる存在。見えるのは聖人だけ。
肉体の重さから解放された魂は天に昇り、そうでない魂は大地を彷徨う。
よって、聖人の目に映るのは、大地を彷徨う醜悪な魂だけ。
その中で、アイヴィーは規格外な存在だった。
理性的だし、会話が通じるし、ピカピカ光るし、飛べる。この世界の魂のあり方を全否定するような、まさしく別格な魂だった。
アイヴィーは言われたときは大袈裟なと思ったが、実際にこの世界の魂を見て考えを改めた。あれはほぼ悪霊。アイヴィーは自認、憑依霊。悪霊ではない。
(魂は大地に縛られている)
魂がそうなのは、生前の記憶が関係あると、アイヴィーは思っている。
アイヴィーが体を失った後も頭痛を覚えるのは、生前の記憶が呼び起こされるからだ。成仏できないのは、この世界と前世で考え方が異なるから。
確実にそうとは言えないが、宗教は魂に根付くもの。どれ程の悪人でも、太陽の光を神の目と認識している。死んだ後どうなるかも、漠然と共通認識があった。
だから、天に昇って成仏するのも、大地に縛られるのも、生前の宗教観から来ていると、アイヴィーは思っている。
根付いた価値観から、成仏していない、大地を彷徨う魂は、飛べない。
(と、思っていたけれど……憑依霊は、その限りじゃなさそう)
すいすいと天井すれすれを飛びながら、アイヴィーは思考を巡らせた。
(憑依しているんだから、そこが視点になるんだ。憑依物が、憑依霊にとっての大地になる。だから旦那様に取り憑くあの霊の場合、旦那様が二階にいたら一階を飛び回れる。行動範囲は限られているだろうけれど、地下で元気いっぱいだったのは大地の下にいたから)
むしろ、天井から吊られた振り子になっていたかもしれない。
(私を追いかけてきたのは、まあ捕食目的だろうけれど……今まで私が襲われなかったのは、ずっと飛んでいたからって事かな?)
そう考えれば、今まで何事もなかったのに納得できる。
(……いや、でも、私旦那様の枕元に三日三晩立ったしな……)
眠るニリスの頭上で、怨念を吐き散らかした事がある。
その距離でも、襲われることはなかった。
(あのときと今と、何か違う? ちょっとわからないな……)
一体何がきっかけだったのかと、アイヴィーは頭を抱えた。
思えば、本日のアイヴィーは散々だった。
マイナとフルスを探しに行ったのに見つけることができず、成長した弟を見ることができたと思ったら弟は命の危機。かと思えば自身すら命の危機。
今まで何事もなかったから油断した。まさか天井から大口を開けて降ってくるとは思わなかった。
(って、私もう死んでいるんだけれどね――――!)
この場合、なんと言い表すべきだろうか。魂消滅の危機?
(でも、食べられた魂がどうなったのかわからないからなぁ)
吸収されるのか、消化されるのか、痛みは感じるのか、結果として消滅するのか、融合するのか。
いやな想像しかできないので、絶対食べられたくない。
(クインティーナにあれだけ大丈夫って言ったんだから、気を付けないと)
アイヴィーが食べられないかと不安がっていたのは、クインティーナだ。
(さてこれからどうしよう……クインティーナを助けたいけれど、ペンタスを無視はできない)
かといって、クインティーナに頼んでペンタスを助けるのも危険だ。
そもそもニリスはアイヴィーを聖人(姉)と認識している。そのアイヴィーの実弟がペンタスだ。
狂った彼の感性がどう認識しているのか不明だが、良い認識ではないだろう。問答無用で使用人に殴らせているし、存在自体が受け入れられないかもしれない。
そんなペンタスを、聖人(姉)のクインティーナが助けようとする。
ニリスではなく、ペンタスを。
(地雷の予感しかしない)
ニリスは、家族より使命を選んだ姉に、思うところがある。
そうとわかっていて、アイヴィーはクインティーナの所に行くしかない。
何故ならアイヴィーの声を聞けるのはクインティーナだけで、アイヴィーがペンタスの危機を訴えられるのも、彼女しかいないからだ。
『あーあーあーもぉ! 本当に無力だよ!』
死んでしまった人間は、生きている人間に何もできない。
何もできないのだ。
それでも足掻いてしまうのは、霊を見聞きする聖人がそこにいるから。
救いを求めて、アイヴィーはクインティーナの元へ向かった。
『って、無理させられるわけないじゃ――――んっ!?』
「!?」
しかし到着した頃には良心の呵責に耐えきれず、アイヴィーはクインティーナの膝元にスライディング土下座を決めていた。
どっちも助けたいのに何にもできない。
なぜなら死んでいるから。




