63 最新の馬車が運んできたのは
ミラノスが悩んでいる間に、一通り吐き出して落ち着いたマイナが顔を上げた。
「そういうわけで、侯爵には恨みしかないから五人目の奥様の救出は手伝う。アイヴィー様も後妻が殺されるのは望まないだろうし」
「……そうか! よろしく頼む」
悩むミラノスを察して、オクトスが元気よく頷く。不思議に思うことなく、マイナは寝台から立ち上がった。
「そろそろ戻らないといけないな。途中まで一緒に来るなら侵入経路を教えられるけど、どうする」
「あんたら普段からそこ通って外に出てるの?」
考え事は多いが、ちょっと流すことができずにミラノスはつい口を出した。
ついでに教えるようなことじゃない。侵入経路は。
「今日は正面から出たよ。酒で融通してくれる門番がいるんだ」
「門番失格じゃないか?」
さすがに部外者は入れないが、中から出入りするには緩いようだ。
「門はともかく、仕事はどうしたの。抜けてきたわけ?」
「今日のあたしは、体調を崩して部屋で休んでいるよ。言ったろ、質が悪いんだ。隠そうと思えば隠せるし、侍女長も追及してこない」
そう言うマイナの顔は憎々しげだ。
「そもそも期待していなかったのさ。必要なのは土地だったんだから」
知るまでは真面目に働いていただろう侍女の言葉は、遣る瀬なさに満ちていた。
(と言っても……こいつらの話を全部信じるのは危険だな)
せっかくだから案内して貰おうと動き出すオクトスに倣って後をついていきながら、ミラノスは彼らの後ろ姿を眺めた。
(本人達がそう思っているだけで、勘違いしている部分もあるかもしれない)
マイナが入手したのは見聞きした情報だ。
裏取りもできていないし、推察も多い。
(俺だって人のことは言えないけど……思い込みは、事実から遠くなる)
アイヴィーから聞く内容だって、ミラノスは半信半疑が多い。
ニリスの件だって裏を取りたいのに、教会や彼個人の思想はさすがに確認が難しい。
(毒の件だって、難しいな……農薬も量によっては毒にもなるから、本当の原因かも怪しい。使用人達が勝手にやったのか、侯爵の指示なのか、教会側が関与しているのかも不明だ)
むしろ教会はどこまで関与しているのか知りたい。
ライコア侯爵家が、どこまで情報を規制していたのかも。
(毒の所為だったとしても、死の病と同じ症状で大量に人が亡くなっているのが事実なら、死の病を警戒せざるを得ない。本当に死の病の可能性だってあるんだから)
その場合、王都を囲むように死の病が広がった理由はわからない。
しかし事情を知らない民衆が、この症状を知れば。
(混乱は免れない)
王都をぐるっと囲んだ不揃いな輪が、包囲網に見えた。
「うん……? 侯爵家の前に、見慣れない馬車が停まっているな」
「見慣れない馬車?」
侵入場所は人目のない場所と言われたが、まだ日が高い時間帯。どうしたって人目につくのは避けられない。
ならば堂々とするしかないと、本当に堂々としたオクトスがライコア侯爵家の前に停まる馬車に気付いた。見慣れないとまで断言した馬車に、ミラノスも視線を向ける。
「最新型だ!」
「うわっ!」
「わ、わぁ……! 初めて見た! 車輪に弾力のある素材を使ってるんだ。座席には衝撃を和らげる工夫がされていて、それが企業秘密だから盗んで解体するヤツも出る程で……! でも解体しても仕組みが今ひとつ理解できないくらい精密で……! 信頼関係のある顧客じゃないと売らないほど手に入れるのは狭き門『シャリン』の最新型! こんな所で出会えるなんて嘘だろマジか今日が命日……!?」
叫んだのはフルスだった。
「誰だこいつ」
「フルスは料理と馬車に目がないんだ」
「ちょっとわかる」
「兄さん?」
目を輝かせたフルスは今までにないほどよく喋った。思わず一歩引くミラノスと、温かい眼差しになるマイナ。オクトスはちょっとうずうずしていた。
しかしライコア家に勤めるフルスが初めて見たというのなら、あの馬車はライコア侯爵家の馬車ではない。
家紋がつけられているはず、とオクトスの影から覗き込んで、ミラノスは目を丸くした。
「……ヴィニカリスの家紋だ」
「「えっ」」
「うわっ」
マイナとフルスがぐるっとミラノスを振り返るので、ミラノスの肩が跳ねる。あんなに興奮していたフルスもスンッと真顔になったのが怖い。
(アイツどこまでこの二人に影響与えてるんだ!?)
たった一ヶ月だったはずなのに、怖い。
「ヴィニカリスって言った?」
「アイヴィー様のご実家」
「二年前から没交渉だったはずだ。それなのになんで今?」
「俺が知るわけないだろ、二人して詰め寄ってくるなよ!」
「仲がいいな」
「そんなわけないでしょ助けてよ!」
皆忘れているかもしれないが、名乗り合ってすらいないのに仲良しと言われても。
ミラノスとオクトスはアイヴィーからの情報で二人の名前を知っているが、二人はミラノスとオクトスの名前を知らない。オクトスも途中から気を付けて呼んでいないし、ミラノスはそもそも名前で呼ばない。
ペルデュラン男爵家と家名は出したが、正式に名乗っていないのだ。
別にそのままで構わないが、その程度の友好度という事だ。
「俺に聞くより、屋敷に戻って誰かに聞いた方が……」
「だから、納得がいかないと言っている!」
ミラノスがそう言いかけたとき、ライコア侯爵家の門から争うような声が響いた。
四人は思わず顔を見合わせて、そっと身を隠した。その状態で、門番と揉めているらしい客人を確認した。
二十代前半の、若い男だ。貴族と言うよりは使用人で、腰に武器が下げられている。恐らく、誰かの護衛だろう。
「お引き取りください。旦那様とお客様は話が長引き、このまま宿泊なさいます」
「だから、私はペンタス様の護衛です。宿泊するならば私もご一緒です!」
「いいえ。お客様お一人のみのご宿泊が許可されています」
「突然そのような事を言われても、ペンタス様は宿泊の予定では――」
(ペンタス様……ペンタス・ヴィニカリスか)
調べたので、それが誰だかすぐにわかる。
ミラノスだけでなく、顔色を悪くしたマイナとフルスにもわかったようだ。
(アイヴィーの弟が来ていて……宿泊? 急に?)
護衛の態度から、予定外の宿泊だとすぐわかる。そして、宿泊するにもかかわらず、ヴィニカリスの家臣を入れない徹底ぶり。
(中で何か、あったのか?)
ミラノスは、高い塀に囲まれたライコア侯爵家を見上げた。
見上げたが、仄かに輝く魂は見えなかった。
ちなみに祖母が畑で取れた野菜にうっかり農薬をまぶして持って来たので、うっかりで毒殺されるところでした。
塩漬けくらいの勢いだったので正気を疑っています。呆けたか。
野菜は捨てました。
勿体ないと言われてもさすがに無理です。
皆さんもお気をつけて。




