62 どこからどこまで
――病が流行していたのなら、訃報の手紙が続くのは仕方のないことだ。
はじめ、マイナはそこまで不思議に思わなかった。考える余裕がなかったともいう。
だが、業務報告をノインに押しつけられ、侍女長の部屋に向かったとき、聞いてしまったのだ。
侍女長と執事長の、秘密の会話を。
「侍女長と執事長は、手紙がどこの誰から届いたのか確認して、地図に印をつけていた」
印をつけて、もう少しだと笑い合っていた。
もう少しで、包囲網は完成すると。
「使用人の家族の訃報を知らせる手紙を見てその反応だ。作物の病、人の病、どっちもこいつらが何かしたんだと思ったよ」
だが、具体的に何をしているのかわからなかった。
理解したのは、家族の遺品整理をした時だ。
病に倒れた家族の遺品は、数ヶ月おいてから片付けるのを許された。病の元が残っているのを危惧しての事だ。休みをもらって片付けに出たマイナとフルスは、両親の部屋から大切にしまわれた手紙を見つけた。
貧乏子爵家だった実家は侯爵家からの手紙に大層驚いて、記念に保管していたらしい。あまりにも厳重にしまわれていたので、マイナ達はこの時はじめて手紙の存在を知った。
その内容も含めて。
「それは、あたしとフルスが侯爵家に雇用された頃に届いた手紙で……採用を報せる手紙と一緒に、雇用した使用人の家族に、虫除けの試供品を配っているって内容だった」
「虫除け?」
「試作品で、使用した所感が知りたいから是非使ってくれって同封されていたみたいだ」
マイナ曰く、後日調査員が行くから、使用した結果を教えるよう書かれていたらしい。
ここにアイヴィーがいたら『それって詐欺じゃん!?』と叫んだことだろう。残念ながら、今世では詐欺師のやり口は周囲にそこまで浸透していない。ミラノスもオクトスも、訝しみながらも不思議そうだった。
「その後、どんなやりとりがあったのかは知らない。だけど、その虫除けらしき粉が残っていた」
「これ」
ここではじめて口を開いたフルスに、ミラノスの肩が跳ねた。
彼は宿屋に備え付けられた戸棚から、小さな包みを取り出した。厳重に封印された包みは、絶対に溢れない意思を感じる。
「毒だ」
「――どうしてわかったの?」
「ネズミが、これが入っている包みを囓って死んだんだ」
ミラノスの問いに、答えたのはマイナだった。フルスはそれだけ言って、中身を開けることなく再び宿屋の戸棚に戻す。
侯爵家に置いておけないものとは、これのことだろう。うっかり同室が開けてしまえば、命に関わる。
宿屋も危険だが、掃除はいらないと言っておけば、基本人は入らない。
「試しちゃいないけど……これが、病の原因だと思っている」
ネズミが囓ってすぐに死ぬくらいの毒。虫除けとして使っていたなら、効果はあっただろう。
それはいずれ、人をも蝕み、病のように見せかけて死なせた。
「それで、同僚に確認してみた。採用されたとき、虫除けをもらったかって」
「皆、貰っていたんだな?」
「そうさ」
頷くマイナの目が怒りに燃えている。
「はじめから。こうするつもりだったんだ。アイツら、為人じゃなくて棲んでいる土地で採用していやがった」
言ってはなんだが、マイナやフルスのような教育が行き届いていない人間が侯爵家に採用されたのは、彼らの実家のある場所に目をつけていたから。
もっと言えば仕事をしないような人間でも、土地によっては採用した。
アイヴィーが使用人の質が落ちたと感じたのは、その通り。質ではなく、別の観点で雇用していたのだ。
「侯爵が何をしたいのか、さっぱりわからないよ。でも、何か企んでいるのは確かだ。その企みの所為で、あたし達の家族は死んじまった。アイヴィー様だって燃やされた」
ここで突然出てきたアイヴィーに、ミラノスは昨夜心配そうにしていたアイヴィーを思い出す。
「絶対に許さない。絶対に」
アイヴィーが思っているよりも、彼女の死は周囲に傷を残している。
これも一つの傷跡だ。
(あいつ、何故か自分の事に関しては軽いから、まったく気付いて居なさそうだけど……)
家族と、アイヴィーとを同じ人物……侯爵の所為で失い、マイナとフルスは復讐を決めた。
その一環で、侯爵家に仇為す仲間が欲しい。だからあの夜、ミラノスを捕まえて取引をしようとしたらしい。
しかし所持品に見覚えのある地図があり、もしや毒を撒いていた一味かと疑い、情報屋で地図の土地で毒が撒かれたか否かを問うた。
情報屋は、是と答えた。
そこに、ミラノスとオクトスが現れた。
(成る程、それは……勘違いするかも)
納得しながら、いやな汗が流れる。オクトスも同様で、きゅっと閉じた口が固い。
この地図は、ペルデュラン男爵の執務机から出てきた。
(……父上も、毒に関わっているって事?)
独自に調べていたにしては、態度がおかしい。
テレーザの嫁入り話が出てからずっと、おかしいのだ。
(何が、どこまで繋がっているんだ……?)
ミラノスは、広げた地図を見下ろした。
ペルデュランとヴィニカリスには、印がない。
(ヴィニカリスは……あそこは、肥料や農薬もヴィニカリスの叡智が口を出していたらしい。虫除けと渡されても使わないし、徹底的に調べただろう。そもそも一ヶ月後に殺されているから、そんなやりとりする間もなかったはず。だから毒の被害を受けていない)
ならばペルデュランも、これから侯爵家から虫除けと称した毒を渡されるのか?
それとも、一緒になって毒を撒いていたからここに印がないのか。
(俺は父上を、信じていい?)
言い知れぬ不安が、ミラノスの胸を満たした。
アイヴィー『農作物チートは基本! 小さい頃から失敗を繰り返してなんとか作れるようになった! 堆肥!! 虫除けに薄荷!!』




