61 手紙が告げる
ついていけなかったミラノスだが、オクトスとマイナは待ってくれなかった。
念のためフルスを確認したが、彼も覚悟を決めた顔でこちらを見ていた。ついていけないのが自分だけだとわかったミラノスは、ぎゅっと顔のパーツを顔の真ん中に集めて不満を訴えたが、誰も見てなかった。
どうして。
そしてそのまま四人は、マイナ達が確保していた宿屋に流れることになった。
ディジットの店では誰が来るかわからないし、話した内容を売られたら堪ったものではないからだ。
彼ならばどこで話していてもいつの間にか知っていそうだが、気になるなら警戒した方がいい。
(でも、この兄妹は侯爵家で住み込みじゃなかったか?)
通されたのは二人部屋で、荷物は極端に少ない。
当たり前のように宿に案内されたが、宿を取る必要のない二人だったはず。
「侯爵家は共部屋なんだ。見付かったらヤバイものを置いておけないだろ」
ミラノスの訝しげな視線に気付いたらしいマイナが苦い顔でそう言った。
見付かったらヤバイもの。それは、ミラノスが没収された地図以外にも何かあるのだろうか。
「まず、あんたらは何をどこまで知っているのさ」
寝台に座ったマイナの横に、フルスが立つ。オクトスは部屋の出入り口付近に立って壁に背をつけた。立ち位置に迷ったミラノスは、備え付けの椅子を引っ張ってきて座った。
「ニリス侯爵の悪癖と言ったらいいのかわからないけど、妻を殺してしまうのは知っているよ。だから俺たちは、五人目の妻を死なせたくない」
「ああ、妹だもんな」
ミラノス達がペルデュラン男爵家の人間と知って態度が軟化したのは、侯爵家に敵対する明確な理由が見えたからかもしれない。
実際には他人だが、そこまで教えられそうもない。さすがのオクトスも空気を読んで無言だ。口がきゅっとしている。
「俺たちがライコア侯爵家の周囲をうろついていたのは、彼女を助ける為に色々調べていたからだ。あんたの言う、侵入の手引きが本当に可能なら、願ってもない」
ミラノスがちまちま用意していた噂話やライコア侯爵家を表立って糾弾する流れに持って行く時間はなさそうなので、実際に乗り込んで物理的に救出する事になりそうだ。
さすがにこんな数日でクインティーナの立ち位置が妻から姉 (ではない)に変わるとは思っていなかった。相手の狂人度も想像以上だったので、早急に引き離さないと泥沼化していきそうだ。
マイナ達はその辺りの事情は知らないだろう。
アイヴィー曰く、ニリスはクインティーナが聖人だと、上層部にしか話していない。つまりマイナ達下級使用人にとってクインティーナは、ニリスに監禁されている可哀想な妻でしかない。
「俺たちの事情は察したと思うけど、アンタ達は結局なんなの。主張が二転三転していて、正直立ち位置がわからないよ」
アイヴィーのおかげで、彼らの名前と所属は理解している。
だからこそわからない。
ライコア家に勤めているのに、ライコア家の不利益になる行動を取っている心理が。
ミラノスの言葉に、マイナとフルスが視線を交わす。二人揃って小さく頷き、マイナが口を開いた。
「あたし達は、ライコア侯爵家の使用人だ。使用人が首をかけてでもこんな事をする理由は、その地図が関係している」
「この地図?」
なんやかんやとミラノスの手元に戻って来た地図は、現在鞄の中に入ったままだ。
「さっき情報屋に聞いたとおり、その地図が示しているのはライコア侯爵家の関係者と、作物が病気になっている地区だ」
脳裏に描く不揃いの輪は、自然に広まったにしては不可解な軌跡。
マイナは憎々しげに、表情を歪めた。
「そして……原因不明の病が発症している地区でもある」
「病?」
一瞬、作物に流行っている病のことかと思った。
だがマイナはわざわざ、その前に不作について触れている。となると、この病は作物ではない。人に関連するものだ。
「病の症状は、下痢、嘔吐、手足の痺れ……それから、重症化すると、肌に黒い斑点ができる」
「黒い斑点……? ねえ、それって」
「そうさ、死の病だ」
ぞっとした。
思わず鞄から地図を取り出してその場に広げる。
「この印がついたところで死の病が流行っているって事!? 全然聞いてないんだけど!? 対策どうなってるの!?」
「全部じゃない。でもいずれそうなる。そうなるように、侯爵が動いてるんだ」
「どういう事!?」
死の病は、一度かかれば二度と助からないと言われる病だ。
その昔、アイソメトリア国の西部で流行り、国はその一部を封鎖して病を食い止めた。西部は数百年の間、呪われた地と呼ばれている。
原因は不明。ネズミが持って来たとも、コウモリが原因だとも言われているし、広がった街にいた大罪人が神の裁きを受けた余波とも言われている。
わかっているのは人から人に移り、高熱、嘔吐、下痢、手足の痺れ……肌に黒い斑点が現れる事だけ。
「その病で、あたし達の家族は数ヶ月前に、死んじまった」
驚いて、二人を見る。
マイナは膝の上でキツく拳を握り、フルスはそんな妹を気遣うように見つめていた。
「あっという間だった……助けを求める手紙が来た頃にはもう無理だった。上の兄弟も、下の兄弟も、両親も、残らず皆ダメだった」
試練を終えて神の元へ昇ったのだと思うには、マイナとフルスにとって、大きすぎる損失だった。
「それと、侯爵と、どう繋がるんだ」
病で家族を亡くしたと語るマイナ達を憐れだと思う。
けれど、それと侯爵がどう繋がるのか。
それがミラノス達にはわからない。
「……あたしだって最初は気付かなかったよ。続々と、同僚に手紙が来ているのを知るまでは」
マイナとフルスのように、出稼ぎ目的で侯爵家に勤めている使用人はそれなりにいる。
家族と頻繁に、手紙のやりとりをする者も。まったくしなかった者も。
あの日を境に、送られてきた手紙達は全て。
「全部、全部、全部! 家族の訃報を知らせる手紙ばかりだったのさ!」
ディジット「わたくしめにもわからない事はありますよぉ~?」




