60 嘘だけつかない中立者
「毒……?」
沈黙の中、先に我に返ったのはミラノスだった。
呆然としているオクトスを横目に、目をつり上げてディジットを睨む。
「一体どんな情報を渡したんだ!」
「それは守秘義務に抵触いたしますですねぇ~!」
ディジットは「なんだかよくわからない壺らしき物」をかき集めながらそう言った。その通りだが、癪に障る。
「お客様も店の中で暴れられてはわたくしめ、困ってしまいます。争い事は店の外にして頂かないと、うっかりお客様に告げずに店の場所を変えるやもしれません。お気をつけください」
つまり、店内で騒ぐなら二度と情報は売らないという事だ。
情報屋は基本的に中立。どちらかに偏ることなく、どちらの情報も所有しているからこそ、のらりくらりと漂い続ける根無し草だ。
身の危険を感じたらすぐさま姿を消す。そして再びのらりくらりと営業をはじめる。
「……ああもう、どうせ同じだ。俺たちはこの地図に関して情報を買いに来たんだから!」
ミラノスは鞄の中から木箱を取りだし、カウンターに乱暴に置いた。蓋がズレて、中身がコロリと数個床に転がり落ちる。
「報酬はこれ! 余すことなく吐いてもらうぞ!」
「あぁ――――っそんな乱暴な! 落ちて割れたらどうするのです!?」
「知らないよまた作れば良いだろっ」
「制作者が制作物に対して雑なのよくないですぞぉー!」
転がった中身……ミラノスの加工したカメオが、マイナの足元で止まった。
それが目に入った瞬間、マイナの威嚇が止んだ。震える手で拾い上げ、石に彫られた技巧をじっと見つめる。
――青にも紫にも見える色合いのベリー。複雑な葉脈すら手掛けた葉に、小鳥の姿。
はじめて……いや、似たような物を見たことのあるマイナは、その作品に目を奪われた。
マイナは思わず、視線を上げる。
視線の先では、ミラノスとオクトスがディジットに詰め寄っているところだった。
「地図に関してと言われましても、わたくしめも神のように俯瞰した目を持っているわけではございませんので、断言できかねるのです」
「つまりわからないという事か! 情報屋でもわからないのが情報だな!」
「あっなんか純粋な言葉で刺された気がいたします傷は深い」
「じゃあこの印がある土地の『共通点』は?」
「それなら簡単ですね。『ライコア侯爵家が関わっている』です」
「それはわかっている! 他にないか!」
「既存の情報でありましたか~」
ディジットはぐりっと首を傾げた。取れるのではないかと不気味に思うほどの勢いで首を回し、地図へと視線を落とした。
「そうですねぇ……『共通点』でしたら、どこも作物が原因不明の病で不作になっている、でしょうか」
「なんだと? 聞いたことがないぞ」
訝しげなオクトス。ミラノスも耳にしたことがなくて考え込んだ。
作物の育ちはどの領地も死活問題のため、他領の事情にも耳を傾けていた。しかし、作物の病も不作の報せも聞いていない。
――が、ディジットが口にする情報に間違いはない。
(地図を見る限り、ペルデュラン領地の周辺にも印がある。原因不明の病なら情報が流れても良いはず……待てよ)
オクトスとミラノスは、所詮跡継ぎとその手伝いである。
(俺たちより先に、入手した情報に目を通すのは……父上だ)
つまり男爵家に流れてくる情報の精査をするのは、センタスになる。
しかしミラノス達にだって個人的な情報源がある。男爵家で情報規制されても、引き籠もりのミラノスはともかくオクトスは社交的だ。作物に関する情報ならば、他から入ってくるはず。
(それにライコア侯爵家について調べたとき、不作の情報はなかった……出てこなかった? 隠されている?)
視線を上げてディジットを見る。ディジットはにっこり笑った。
――情報屋は、中立である。
進んで敵にはならないが、味方にもならない。
ミラノスは察した。
(隠されていた、ライコア侯爵家に!)
情報規制をしていたのは、ライコア侯爵家の方だ。
果たしてそれが可能なのか不明だが、ほぼライコア侯爵家が関係する土地だ。完璧には無理だが、箝口令は敷ける。
そしてディジット。情報屋を買収して、情報を隠蔽した。
彼は情報に関して嘘はつかないが、口を閉ざす事は厭わない。それに、情報の買い方によっては口を開くこともある。
今回は『共通点』で聞いたから、口を開いたのだろう。
(ライコア侯爵家が動いているという事は、不作には何か裏がある? 一つ二つの領地が不作で知られたくない、なんて規模じゃない。こんなに不作なら、むしろ助けを求めないと領民が助からない。さっきあの侍女が言っていた、毒の軌跡って……)
「なあ、あんた」
「!?」
気付けば背後にマイナが立っていて、ミラノスは飛び上がるほど驚いた。襲いかかられたトラウマから、慌ててオクトスを盾にする。
「な、なに」
「これを作ったの、あんた?」
そう言って差し出されたのは、ミラノスが手掛けたカメオだった。
なんでそんな事を聞かれるのだろうと警戒しながら、小さく頷く。
マイナはじっと手にしたカメオを見下ろして……緑の目を、ぎゅっとつむった。
「アイヴィー様のだ……」
(……いや、俺のだが?)
どうしてここでアイヴィーがでてくるのかわからなくて、ミラノスは人知れずドン引きした。
暫くしてから、マイナはミラノスにカメオを差し出した。
「……あんた、何も知らないんだね?」
「……そうだね。これに関しては本当に知らない」
差し出されたカメオを受け取り、様子を伺う。先程まで暴れていたのに、スンッと落ち着いている。あまりにも極端で恐ろしく、ミラノスはオクトスの影で震えた。
「侯爵の犬でもないんだね?」
「ない。俺たちはペルデュラン男爵家の者だ」
「ちょ、兄さん」
すっぱり身分を明かしたオクトスに、ミラノスが慌てる。
しかし家名を聞いて、マイナはむしろ納得したようだった。
「なんだ。五人目の奥様の……そうか。なんだ……うん。わかった」
(……なんだ? すんなり納得したな)
嘘をつくなとか、それがどうしたと暴れるかと思ったが、やけに落ち着いている。
その落ち着いたマイナが、二人を見上げた。
「じゃあ、あんた達の目的は、五人目の奥様の救出だね」
「……そうだよ」
「なら教えてやるし、手伝ってやるよ」
「そうか? 助かる」
「いや待ってなんで」
条件反射で生きていないミラノスは、この展開についていけなかった。
ミラノス「本当になんで??」




