59 地図の行き先
「やぁやぁお客様!お助けください~!」
放心するミラノスを現実に戻したのは、ディジットの情けない声だった。
カウンターの方を見てみれば、定位置に立つディジットが怪しげな壺を盾にして壁に背中をくっついている。そしてカウンターの手前にはもう一人、小柄な人影が蹲っていた。
ミラノス達と違って、外套を被っていない人影は顔がよく見えた。
パサついた金髪をおさげにした、そばかすのある女。
ライコア家の侍女、マイナだった。
(――ということは)
視線をオクトスに向ければ、物が乱雑に置かれた店内の中、僅かに見える床に押さえ込まれているのはフルスだった。
(それもそれでなんでだ。昼は仕事があるだろう)
まだ跡を継いでいないオクトスも、補助役のミラノスも、昼には仕事がある。男爵家の家臣達の協力を得て、ここまで自由に歩き回っていた。
だが使用人の彼らは、誰かに仕事を変わってもらうのも急に仕事を抜けるのも難しいはず。
(気にはなるけど、まず言及するところは……)
「兄さん。何しているの?」
「いやな、見覚えのある地図を広げているのが見えたから事情を知っている者かもしれないと、まず拘束してみた」
「対話より先に手を出すのやめてよ」
向こう側の視点からすれば、突然店に入ってきて突然襲いかかってきた不審者だ。これは完全にこちらが破落戸。ミラノスは頭を抱えた。
しかし、オクトスの言葉は気になった。
見覚えのある地図とは、一つしかない。
マイナ達がミラノスから没収した鞄に入っていた、あの地図だ。
(どうしてこの時間帯に自由行動を取っているのかしらないけど、考えることは俺たちと似たようなもの、かな? 荷物から情報を得て、取引で有利になろうとしたのか……)
「あ、あんた」
熟考するミラノスに声を掛けたのは、震えた声のマイナだった。
「あんた、まさか、昨夜の」
「あ」
やりとりをしている間は暗闇だったが、立ち去るときに向こうは燭台に火を着けた。そのときに、ミラノスの顔を確認している。
そしてこの店は、昼だろうと蝋燭の明かりしか光源がない。
まさしく、昨夜の再現。
ミラノスは咄嗟に、顔を隠すように外套を引っ張った。
その瞬間、マイナの顔が憎悪で歪む。
「あんた……お前……! そっち側か!」
「えっ」
蹲っていたマイナが、足元にある「なんだかよくわからない壺らしき物」を掴む。
目と口の部分が空洞で、頭部に大きな空洞のある、恐らく人の形をした壺だ。ミラノスが店に通い出した頃からずっと置いてあるガラクタの一つでもある。
「馬鹿にしやがって……お前が、お前らがそうなら、これ以上……」
「待って。落ち着いて、それ置いて」
ふらりと立ち上がるマイナには、多少重くて大きい壺だ。
だからこそ、振りかぶって叩き付けたらかなりの威力になるだろう。
「これ以上奪われて、堪るか――――っ!!」
「わ――――っ!」
「わたくしめの土偶ちゃ――――んっ!」
その細腕にそんな力があるのかと問いたくなるくらいの勢いで、マイナは「なんだかよくわからない壺らしき物」を振りかぶった。
明らかにミラノスを狙って振りかぶられた「なんだかよくわからない壺らしき物」に、ミラノスが悲鳴を上げる。所有者のディジットも悲鳴を上げた。
「店の物を買ってもないのに壊してはいけない」
マイナが振りかぶり、振り下ろす瞬間。
オクトスが片手で受け止めた。
手の平で受け止めたぺんっと軽い音が響き、目を見開いたマイナがオクトスを見上げる。オクトスはマイナから「なんだかよくわからない壺らしき物」を取り上げて、流れでミラノスに手渡す。手渡されたミラノスは、思った以上の重さに尻餅をついた。
「これは店の物だからな。勝手に鈍器として使ってはいけない」
「……突然来て突然連れを拘束するような男に言われたくないね!」
(それはそう)
だがどっちもダメだ。
いつの間にかオクトスから解放されていたフルスが、マイナを庇うように間に入る。ガルガルと唸るマイナを遠ざけて、焦りに満ちた顔で出入り口とオクトスを見比べている。
逃げられないと思っているのだろう。
「フルス! こいつあいつだ! 昨夜のヤツだ! あの地図の持ち主だ!」
キンキンと甲高い声でマイナが怒鳴る。
指差す先はカウンターで、そこには地図が広げられている。そこにあったのか、とミラノスはオクトスを見た。
店に入ってすぐ気づく距離でも場所でもない。薄暗いのに何故即気づいたのか謎だ。
「不審者かと思ったらそんなんじゃない、侯爵の犬だ!」
侯爵の犬。
そう断じられ、二人は目を丸くした。
叫んだマイナはフルスによって無言で宥められている。そのフルスの視線も、どちらかと言えば敵意に満ちていた。
――フルスの場合は問答無用でオクトスに拘束されたので、仕方がないかもしれない。
(こいつは何を知って、この発言に繋がったんだ。地図の意味がわかったのか?)
「侯爵の犬? そんな物になった覚えはない!」
「うるせぇ!」
ミラノスが考えるより早く、オクトスが否定する。しかしその否定も乱暴に叩き返された。
「あんな地図を持っていて違うわけがないだろ! それともあたしに学が無いから、わかるわけないって白を切るつもりか!?」
興奮で真っ赤になったマイナが、腕を振りかぶる。流れるようにフルスの顎に決まってフルスが蹲った。しかしマイナは全く気にせず、ふぅふぅと荒い息を吐いていた。気付いていないかもしれない。
「馬鹿にしやがって……学は無くてもな、あるヤツを利用する方法くらい知ってんだよ!」
そう叫んで指差したのは似たタイプの「なんだかよくわからない壺らしき物」を避難させているディジットだった。
つまり、情報屋を使ったのだ。
胡散臭いが腕は確かなので、対価さえあればなんでも喋る。
「だからあたしにだってもうわかってんだよ……これが、」
ぼろり、とマイナの目元から大粒の涙が溢れた。
「あんたらが、毒を撒いた軌跡だって――――っ!」
小さな音を立てて、雫は足元に落下した。
その音が聞こえるほどの静寂が、地下の店に満ちていた。
ディジットの土偶ちゃん
極小 小 中 大 特大 の大きさがある。
マイナが引っ掴んだのは中。




