58 忍び寄る違和感
「――つまりミラノスは、相手より視界がよかったにもかかわらず、取り押さえられたという事か!」
「論点そこじゃないから」
外套を深く被り、慣れた道を進む。
ミラノスとオクトスは、王都の路地裏を歩いていた。
「違うのか? ミラノスはよく、夜は灯りがなくても見えると言っていたではないか」
「アイツらがいる場合ね。昨夜はその辺りにいなかったし……だから俺だって見えなかったし」
言いながら、ミラノスはそっと視線を逸らした。
途中からアイヴィーが現れ、ミラノス的には視界が明るくなった。明るくなったが、最終的に押し負けたのはミラノスだ。
アイヴィーは彼、フルスを料理人と言っていたし、きっと純粋な腕力で負けたのだろう。けっしてミラノスが貧弱だったわけではない。きっと。
「話はわかったが、何故昼間から動くのだ? 約束の時間に赴けば良いだろうに」
「なんの準備もせずに? 荷物もあちらに確保されたままだし、聞けば向こうは子爵家出身だって言うじゃなん。こっちは男爵家だよ。全部負けてる」
「勝ち負けか?」
「優位に立てないと話し合いできないんだよ」
取引だと言っていたが、脅しに近いとミラノスは思っている。
ライコア侯爵家に夜間、連日に周囲をうろついていたミラノスと、ライコア家の使用人の二人。取引がうまくいかなかった場合、騎士に売られるのはこちらの方だ。
(しかも持って行かれた荷物の中身には、怪しげな地図があったからな……あれを出されると俺もなんと言えば良いのかわからない)
父のセンタスは部屋に籠城するのはやめたが、相変わらず口を開かない。長男の考えた長男による悪魔の拷問にも屈しなかった。
今は男爵の仕事を止めるわけには行かないので解放している。オクトスの手の者……男爵家の若手達が監視してくれているが、いつまでもだんまりでは何もわからない。
「だけど、地図で印のあった地名は覚えているからな。まずそこで何が起きているのか、情報屋に確認を取りたい」
「あれを覚えているのか、やはりミラノスはすごいな。俺は我が領土に印がなかった事しか覚えていないぞ」
「うん……」
ちなみにだが、ヴィニカリスにも印はなかった。
見覚えのある地名が並んでいたのでライコア侯爵家関係者を示しているのだろうかと思ったが、だとすればヴィニカリスとペルデュラン、どちらにも印がないのは不自然だ。
(ライコア侯爵家が関わっているのは間違いないけど……他に何の共通点があったかな)
ミラノスには、心当たりがない。
「情報を得てから、指定された場所へ行くのか? それでもまだ早い時間だろう?」
「他に行きたいところがあるんだよ。なんか予定していた展開も無駄になりそうだし、すごくいやだけど直接会いに行った方が早そうだから」
「誰に会いに行くんだ? 俺もつれて行くという事は、名前を使うか?」
「単に俺が初対面の人に一人で逢いたくないだけだから……」
ミラノスの顔にきゅっと力が入る。全力で嫌そうな顔をしながら、ふと視界の端に何もいないことに気付いた。
以前いた、路地裏を彷徨う魂がいない。
しかし深く気に留めることもなく、ミラノス達は目的地に辿り着いた。
路地裏の奥、道の終わりにある、壁と同化した楕円の扉。
「しかし、こんな所に店があったとは知らなかった。ミラノスが一人でこんな場所に売りに来ていたのも知らなかったぞ。危ないから誰か連れて行きなさい」
「えー……人連れてくると、大通りしか歩かせてくれないからな……」
「目的地に行けないから使用人を連れ歩かない所は、テレーザとそっくりだぞ?」
「連れ歩くけど置いていっちゃう人に言われたくないな」
ちゃんとつれて行くが護衛を振り払って走り回ってしまう護衛対象と、はじめから連れて行ってくれない護衛対象のどちらが護衛に優しいのかは言及しないでおく。
ミラノスは嘆息しながら扉を開いた。
中を覗き込んで、ギシッと固まる。
下りの階段は、明るかった。
(他に客がいる)
この店は、情報屋だ。
そして客が来ない限り、店主は燭台を使用しない。
つまり階段が明るいときは来客中。他の客と遭遇したくないなら出直した方がいい、という合図にもなっている。
基本的に、情報屋を利用する輩はミラノスも含めて普通ではない。
だからこそ、灯りがついていたら引き返すのが暗黙の了解なのだが――。
「邪魔するぞ!」
初見のオクトスがそれを理解するはずもなかった。
「兄さん違う今はダメだ来客中だからっ」
「成る程、繁盛しているのだな。だが中で待たせてもらえばいい話だろう?」
「ここそういう所じゃなくて」
「下りの傾斜が急だな。足元に気を付けろ」
「聞いて!」
一度行動したらなかなか止まらないのがオクトスの悪いところだ。ミラノスが止める間もなく、階段を下って行ってしまった。
「二度手間でも、後から連れてくればよかった……!」
もしくは扉を開ける前に、注意しておくべきだった。
がっくり肩を落としたミラノスは、仕方ないので階段を下る。オクトスのように体幹はよくないので、座り込んで一段ずつ降りた。
そうして降りた店の中。
下まで辿り着いたときには、オクトスが客の一人を後ろ手で拘束していた。
「どういう事なの?」
階段を下りる数秒の間に、一体何があった。
ミラノスは呆然と宇宙を背負った。
57話はうっかりでした。うっかり投稿でした。
そして、宇宙を背負いがちなミラノス。




