56 第三者から見るとそうなる
「二年前、あなたは、姉はもうライコア家へ嫁いだからと遺体の返却を認めなかった」
膝の上で拳を握り、歯を食いしばるペンタス。
「あろうことか、それに留まらず、姉の遺体を焼く始末」
拳が白くなるほど握りしめるペンタスに、アイヴィーは慌てて寄り添った。拳に手を伸ばすが手の平は通り過ぎていく。アイヴィーの透明な手は、弟を宥める姉になれない。
「しかもそんな暴挙を繰り返しながら、墓参りすら許さない……!」
ギリギリと、歯ぎしりの音が聞こえてきた。
「一年目は諦めましたが、今年こそは認めて頂きます! そもそも姉以外の前妻の親族は、希望さえあれば墓参りが叶うそうではありませんか! どこまで我がヴィニカリスを侮れば気が済むのです!」
――当時ペンタスは、十六歳だった。
姉様姉様と後をついて回ってくれたのは十二歳までで、それからは思春期と反抗期が混ざってツンデレだった。
ちなみにアイヴィーには前世の記憶があったので、ソレが成長の兆しだと大喜びした。大喜びしたが素知らぬふりをし続けた。盗んだ軍馬で走り出すなら要注意だが、ペンタスはちょっと距離を取って反抗的になるくらいだったから見守っていたのだ。
しかしそんな中で、アイヴィーの嫁入りが決まった。
周囲には大層惜しまれたし、両親には泣かれた。ペンタスも呆然としていたように思う。
ライコア侯爵家は実家から人を連れて行くのも嫁入り道具を持たせるのも許さなかったので、アイヴィーは身一つで嫁ぐことになった。
そうなっても「はいはいあるある」と物語脳だったので、アイヴィー本人は気にしていなかった。実に呑気な女だ。
だがそれを、ペンタスは気にしていたらしい。
出立する最後の夜に、彼はアイヴィーにペンダントを差し出した。
星の綺麗な夜に、手渡されたペンダント。
ぶっきらぼうに差し出した手は、小刻みに震えていた。
弟だってわかっていた。ライコア家にまつわる噂話を。
万が一、姉が帰らぬ人になる可能性も、考えていた。しかし、姉を連れて逃げることはできなかった。
反抗期といってもまだ子供で、無力で、何もできなかったのだ。
そんな彼がアイヴィーに、弟が姉に渡したのは、葡萄と蔦の彫られたペンダント。
まさか餞別を貰えると思ってもいなかったアイヴィーは、本当に嬉しかった。
ペンタスの目に涙が浮かんでいたが、アイヴィーはいつも通りの笑顔でお礼を言った。
きっと嫁ぎ先でお前を愛することはないから始まり侯爵家を開拓して溺愛展開になるから、その時は侯爵家に招待したいななどと、とっても的外れな事を考えていた。
こればっかりは反省している。
きっとペンタスにとってあのペンダントは、姉とまた生きて会うためのお守りに近かったのだろう。
だが願い虚しく、姉は亡くなった。
その後も死して尚、貶められるような扱いに、ヴィニカリスは怒りを露わにしていた。
だがアイヴィーがライコア家の墓に弔われた以上、墓参りにはライコア家の許可がいる。
そのため、冷戦状態でも手紙を送り続けていたらしい。
結果は、見ての通り。
何を警戒しているのか、ニリスはヴィニカリスをアイヴィーに近付けない。
怒りで声を押し殺しながら訴えるペンタスの言葉は、ニリスに届いている様子がない。彼は涼しい顔で、怒鳴り始めたペンタスを睥睨していた。
(他の前妻の墓参りは許す……って事は、私が旦那様にとって聖人判定されているのが関係あるのかな?)
実際は違うが、聖人だから姉だと思われているアイヴィーだ。
そのアイヴィーの家族が、ヴィニカリス。
ここで、どうしても事実と妄想に矛盾が生じる。
(旦那様は自分の思考を正当化するために、ヴィニカリス自体を視界から弾きたい?)
認識はしているが、アイヴィーの家族として認識できていない気がする。
今目の前にいるのに、まるで膜が張っているかのように声も言葉も、意味を持って届いていない。
(のれんに腕押しとはこのことかってくらい反応がない)
前頭姿勢になるほど熱を込めたペンタスの訴えも、ニリスの前ではまるで無風だ。そよ風ほどの効果もない。
これは理不尽。
言葉が届いていないと察したらしいペンタスは、深く息を吐いて姿勢を正した。
しっかり額に青筋が浮いているが、落ち着こうと努力している。
『思い出してペンタス、アンガーマネジメントだよ! 姉の教えを思い出して! 怒ったときの対処法! ――六秒よ。六秒深呼吸をして、一度脳内で相手を殴ってから、冷静に対話を試みるの!』
怒りを我慢するというより、冷静に対処するための処置なので、ある意味間違っていない。間違っていないが六秒の使い方が野蛮だった。
姉の教えを思い出したのか、ペンタスはニリスに掴み掛かりはしなかった。脳内は知らないが。
「あなたが何故、私達を……姉をここまで憎むのか、私には理由がわかりませんが」
(あー、成る程。第三者から見ると、私ってとっても旦那様に恨まれているのか)
嫁いで最短一ヶ月で殺され(一応病死扱いだが)遺体は火葬。何度も言うがアイソメトリア国は土葬が基本なので、火を着けるなんて野蛮であり得ない行為だ。
それを仮にも妻だったアイヴィーにするのだから、アイヴィーはニリスに随分と恨まれていると思われても仕方がない。
しかも、血縁の墓参りを許さない。これは視点を変えれば、アイヴィーには餞すら許さないともとれる。
まさか真逆で、遺体を渡したくないから火を着けたなど誰も思わないだろう。
(墓参りを許さない理由はちょっとわからないけれど……きっとそっちも捻れているんだろうな。深く考えない方がいい。精神安定上のために)
アイヴィーは考えるのをやめた。
「今回は他にも聞きたいことがあります。最近ヴィニカリスの領地に出没する、不審人物について」
とはできそうもない。
「そして、ペトラス、フラジール、パルサ……そしてライコア侯爵家が所有する領地にも」
いいながら取り出したのは地図だった。
ペンタスが広げた地図はアイソメトリア国の物で、アイヴィーもよく目にしていた。個人的にも複製を持っていて、距離とか掛かる時間とかを書き込んだ覚えがある。逆算して行動するにはどうしても数字と相談しなければならなかった。
この地図にも描き込みはあるが、数字ではない。
ペンタスの言った領地に、印のつけられた地図だ。
それを二人と一緒に覗き込んだアイヴィーは……ぞわっと寒気を覚えた。
『今にも儀式が始まりそうな地図キタ!!』
見事に、王都が囲まれる配置だった。
あらゆるネタバレを考慮して感想には「ありがとうございます!」で統一させて頂いております。
贔屓にならぬよう全てに対して「ありがとうございます!」で対応していますが、時々贔屓したくなります。感想の力ってスゲー……!




