55 過ぎ去りし時
ペンタス・ヴィニカリス。
ヴィニカリス伯爵家の跡取り息子。
アイヴィーの四つ下で、アイヴィーが嫁ぐときは十六歳だった。あれから二年経っているらしいので、現在は十八歳。
アイヴィーの感覚からすると、高校入学した弟が一気に卒業寸前まで成長している。
線の細い少年だった弟は、どことなくたくましく成長していた。
『わあ……! わあ! ペンタスだぁ~!』
しかし姉からすると、いくつになっても弟は可愛い生き物。
もう二度と会えないと思っていた弟との邂逅に、アイヴィーは勢いよくペンタスに絡みついた。
『本物だ! ペンタスだ! あれから背伸びた? 私が浮いているからちょっとわかりにくけれど伸びたね? 逞しくなっちゃって~! 私の弟超可愛い~!』
実際に絡みつくことはできないが、ぐるぐると至近距離で回って観察する。十六歳だった弟が成長しているので、アイヴィーは急激にテンションを上げた。
が、即下げる。
何故ならペンタスの表情が、賽の河原で石積みをする子供達を見る鬼のように険しかったからだ。
それはそうだ。ついついテンションを上げてしまったが、ここはライコア侯爵家。実家のヴィニカリス伯爵家ではない。
――アイヴィーが嫁ぎ、死んだ家だ。
『ペンタス……? あなたライコア侯爵家に何の用があってきたの……?』
思わず問いかけたが、アイヴィーの声は弟に届かない。
ピリピリしたペンタスの顔と空気に、いやな予感を覚えた。
ペンタスは近付いて来た執事に誘導されて、邸の中に入っていく。道順的に、一番大きな客間だ。
アイヴィーは一瞬だけ迷った。
姿の見えないマイナ達を探すか、ペンタスについていくか。
『……ごめんね、無視できない!』
迷ったのは本当に一瞬で、アイヴィーはペンタスの肩に手を乗せて後に続いた。
乗せている手はフリだけで、本当に乗っているわけではない。
――弟の目に映らず、触れることもできないのは、思った以上に辛かった。
客間に通されたペンタスの前には、湯気の立つ紅茶と繊細な細工の焼き菓子が置かれていた。ペンタスは用意された茶菓子を一瞥することもなく、豪奢なソファに腰掛けじっと扉を睨んでいる。
アイヴィーは念のため、ペンタスに出された紅茶と焼き菓子に毒が入っていないかを確認した。大丈夫だった。
(まあ、どちらにせよ手を付けることはないだろうけれど……)
チラリとペンタスを見る。その表情の険しさから、あらゆる物を警戒しているのがわかる。
――ヴィニカリス家は、アイヴィーの死因を疑って遺体の引き取りを申し出た。
しかしニリスは引き渡しを拒否し、アイヴィーの遺体に火を着けた。
その理由は死因の隠蔽よりも「姉を渡したくない」という捻じ曲がったものだったが、ヴィニカリスがソレを理解できるわけもない。
それに、ミラノスから聞いているが、ライコア家とヴィニカリス家は冷戦状態のはず。
『それなのにどうして?』
どうしてこんな危険な場所に、一人で来たのだろう。
……といっても、護衛を連れて来なかった訳ではないようだ。
外を覗いてみると、伯爵家の馬車が見える。懐かしの、アイヴィーが進言して改良された最新式だ。
その近くには、見覚えのある護衛の姿が見えた。しかし侯爵家の中に入れて貰えなかったようだ。
侯爵家から見れば武力を持つ相手を入れたくなかったのだろうが、伯爵家から見れば身を守る手段を奪われたのと同じ。
それでも身一つで乗り込んだペンタスの漢気は買うが、姉としては安全な場所にいて欲しい。
ハラハラしている内に、アイヴィーはぞわっと寒気を覚える。扉に視線を向けるのと同時、ニリスが姿を現わした。
金の髪はいつ見ても絹のように艶やかだ。寝不足の影響など感じさせない顔色で、赤い目で、挨拶のため立ち上がったペンタスを一瞥する。
いつも通りの、隙のない立ち振る舞い。
昨夜の話から、それは誰にも気を許せない象徴のようにも見えた。
「お久しぶりですヴィニカリス伯爵令息」
「ええ、お目にかかるのは姉の葬儀以来ですね」
『いきなりぶっ込むねペンタス!?』
それ絶対、戦場のように険悪どころか殺伐としていただろうに。
ちなみにアイソメトリア国の葬儀は、肉体から解放された魂が天へ昇る旅路を祝福して、酒が出される。惜別は禁じられていないが、死は宗教的に解放を意味するので、祝い酒が出るのだ。
だがそれだって「天寿を全うした理想系」だ。
殺害された疑いがあるとなれば、祝福できるはずもない。
しかもニリスはアイヴィーの遺体を焼いている。どのタイミングで焼いたのかわからないが、遺体引き取り連絡が来てすぐだとすると……ペンタスは、姉の死に顔すら見ていない可能性がある。
(ちょっとグロいこと考えついちゃったな……)
そう、アイヴィーの遺体は焼かれている。
しかし土葬が主流のこの国で、火葬設備が整っているのかと聞かれたら否だ。
ではどうやって焼いたのか?
普通に火を着けたのか?
(その場合、私の遺体って中途半端に燃えただけでは?)
人間の遺体が綺麗に焼けるのに、適した温度がある。
八百度から千二百度必要とされる温度は、綺麗に焼く以外にも、人を焼いて排出される有毒物質を防ぐために定められている。
だが人間の体は、そう簡単に燃えない。
火は付く。けれど、骨まで燃やし尽くすのには時間も掛かるのだ。
(骨っていうより、黒焦げになったんじゃない? 私の遺体……)
我ながら想像すると、グロい。
「それで、ご用件はなんでしょう」
しかしそんな事は関係ないと顔色を変えずソファに座るニリス。
恐らくだが、本当に気にしていないのだろう。ニリスの精神は崩壊しているので、取り繕っているだけで常人とはかけ離れている。痛烈な嫌味も気にならないほどに。
ペンタスはぎゅっと眉間に皺を寄せて、ニリスの対面に座った。
「私の要求は変わりませんよ。いい加減認めて頂きたい」
「手紙の件でしたら、お断りします」
「まだ姉の墓を参ることすら許さないというのか、あなたは!」
『えっ』
墓参り。
この単語に、アイヴィーは目を見開いた。
アイヴィーは知らなかったが、彼女の死亡から二年。
その命日が、近付いていた。
実は、正確に言うと、まだ二年経っていない。
早死は神の裁きとも言われるが、「神様が早めに呼んだのか……」となる人もいる。
もちろん、納得する親と納得しない親がいる。
神様を信じ続ける人と、疑い出す人がいる。




