54 鮮やかな星の花
ここで残念なお知らせ。
――ミラノスとマイナの話し合いに、アイヴィーは参加できない。
『だって範囲外! お外に行けない!』
アイヴィーは使用人の棟を飛びながら叫んだ。
当たり前のように、廊下を行き交う使用人達で、アイヴィーの声が届く者はいない。
『それに行動範囲また変わったし! クインティーナの手元にペンダントがある流れは気持ち悪いけど、結果的に僥倖! そう思うしかないわ!』
やけくそ気味に叫びながら、空を泳ぐ。
連日の情報過多で、アイヴィーも頭が痛くなっていた。生身ではないが、精神的に生前の痛みを思い出している。死んで痛みとさよならしたはずなのに、脳内再生余裕で頭が痛い。こんな再現力欲しくなかった。
ストレス発散に、一人カラオケで叫ぶみたいに声を出していく。
アイヴィーの声を聞く人が居ないので、突然叫んでもおかしな目で見られることはない。
だがクインティーナやミラノスの前でも叫ぶので、実際人目は気にしていない。むしろ反応されるのが嬉しい。
それはさておき。
昨夜も情報が混戦していた。
ニリスの狂気、教会の闇、聖人の因習。そしてマイナとフルスの思いがけない行動。
『不審者と手を組もうなんて、二年前のあの子達なら絶対あり得なかったのに』
この二年で一体何があったのか、アイヴィーは交流のあった二人が心配でならなかった。
昨夜のこともあり、使用人と同じ時刻に目が覚めるクインティーナに事情を説明し、今日のアイヴィーはマイナたちの様子を見に来ている。
本来ならクインティーナの周辺を気にするべきだが、現在のクインティーナは籠の鳥。昨夜の話を信じるならば、閉じ込めている側に敵意はない。あるのは狂気のみだ。
つまり、クインティーナはある意味、この侯爵家で一番安全な場所にいる。
『一番危険な立場だったはずなのにね』
なんとも皮肉なことだ。
アイヴィーはひょいっと壁を通り抜け、まずはフルスの様子を伺いに厨房へとやって来た。
厨房はいつ見ても騒がしい。アイヴィーが過ごしたヴィニカリス伯爵家も、中々の熱気だった。
あれはアイヴィーが前世の知識という名の新作レシピをを投下していた所為もある。
『さて、フルスはどこに……あれ?』
きょろりと厨房を見渡して、首を傾げる。
どこにもフルスの姿がなかった。
健康優良児で、大真面目で、仕事に熱心なフルスがどこにもいない。
『んんー? 昨夜の夜更かし、朝に響いた?』
起きられないのではと心配したが、まさか本当に起きられなかったのだろうか。
(幽霊ってこういうとき不便よね。誰かに聞くこともできないんだから)
不便な点はたくさんあるが、一番はやはり他人と交流できないことだ。
(まあ、壁をすり抜けてどこにでも入れるのは利点だけど)
ひょいひょいと壁を通り抜け、使用人の居住へと進む。念のためマイナも見に行ったが、いつもの洗濯場にいなかった。どうやら兄妹揃って姿が見えない。
ちょっといやな予感がしたが、ひょいっとフルスの部屋を覗き込む。
誰もいなかった。
『ん――――っ』
いやな予感を覚えつつ、部屋を物色する。
四人部屋だが、料理人は朝が早いので同室は料理人だ。そのためか、個人スペースにおかれている物はほぼ同じ。どこがフルスのスペースだかわからない。
しかし、極端に片付いている場所もない。
(本格的に不審者側の味方になって仕事を辞めたとか、そんな事はなさそう)
部屋も綺麗に片付いているが、四人部屋だ。それぞれ気を遣って掃除をしているのか、目立って汚れている部分もない。
(料理人同士だから、衛生管理がしっかりしている、のかな?)
しかし職場にも自室にもいないとなれば、どこにいるのだろう。偶然席を外しているタイミングだったのだろうか。
(もしかしてマイナの方で何かあったのかも?)
アイヴィーは躊躇なく壁に頭を突っ込んだ。
――似たり寄ったりの個人スペースの一角。一つの写真立てが伏せられているのに、気付かずに。
『い、いないんだけど……』
フルスはマイナの部屋にもいなかった。
マイナも部屋にいなかった。
行き違った可能性を考慮して、侯爵家を飛び回ったが、二人の姿を確認することができなかった。
『昨日の今日で? 何処に行ったの? 荷物は置いてあったし、夜逃げではないよね!?』
恐らくだがフルスの荷物も、マイナの荷物も部屋に残っていた。
『絶望的に遭遇しないだけ!? どっち!?』
侯爵家は広いので、タイミングが合わないだけの可能性もある。
しかし侯爵家を歩き回るマイナならともかく、料理人のフルスは厨房から動かない。だというのに姿が見えない。
『もしかして二人揃って外にいる? 仕事中に!? もしかして二人揃って休んだの!?』
休みを取って、堂々と外に出たのだろうか。
今夜、指定した店でミラノス達と顔合わせをする二人だ。夜に抜け出すのではなく、昼に出て帰りは遅いと連絡しておいた方が自然だ。
だが、社会人が当日に休みを取るのはとてもリスキー。
しかも兄妹同時に、だ。
『使用人に決まったオフの日ってないからな……予定を調整して休みをもらうのが一般的で、体調不良でやむを得ないとかじゃない限り、当日に休むのってできなかったはず……』
大体の職場はそうだろう。
だが、こんなに都合よく休みを取っているだろうか。
『誰かに確認すれば一発なのに、声を掛けられないって本当に不便!』
マイナやフルスの同僚に問いかければ解決する謎だというのに、アイヴィーには確認方法がない。
昨夜のこともあり、動向を知りたかったというのに謎が深まった。
『……侍女長の所に出勤簿的なのないかな』
頭を抱えていたアイヴィーだが、ふと思い立って侍女長の居る部屋へと移動する。
使用人を統括する役目を持つ侍女長は、小さいが専用の部屋を持っていた。これは執事長も同様で、資料室に近い扱いとなっている。
夫人は侍女長や執事がまとめた物を確認して家政の指示を出すが、侯爵家では実質、夫人はいない。クインティーナとニリスは結婚しているが、夫人としての実権は宙に浮いたままだ。
クインティーナを聖人として、姉として認識しているニリスなら、妻に与える実権をクインティーナに渡すことは今後もないだろう。
侍女長の部屋に向かう最中、アイヴィーは屋敷がやけに騒がしくなったのに気付いた。
(なにかあった?)
もしや予想外に、クインティーナに危険が迫ったか。アイヴィーは方向を変えた。
騒がしい方向に向かえば、そこは玄関ホールだった。
(もしかして客人? 私の記憶違いでなければ、今まで侯爵家を訪ねてきた人とかいなかったけれど……)
ちなみに生前も死後も、どちらも含めてだ。
珍しいなと姿を確認しに行ったアイヴィーは、その姿を見て目を見開いた。
――肩まであるピンクブロンドの髪。ダークグリーンの猫目に細い顎。ぎゅっと眉間に皺を寄せた、仏頂面の青年。
『ペンタス?』
アイヴィーの弟が、そこにいた。
ペンダントを渡す手が震えていたの、知っているよ。




