51 悪の手引き
組まないかと言ったマイナに、ミラノスがむけるのは胡乱げな視線だけだった。
アイヴィーは驚愕して、とんでもない発言をしたマイナの周りをぐるぐる回っている。
『どういうことなのマイナ! 一体何があったのマイナ! あなた太々しいけれど仕事はちゃんとする良い子だったじゃない!』
勿論声は届かないし必死の形相のアイヴィーの姿も見えていない。
『あのいじわる娘三人衆が腹に据えたの!? わかる! 苛ついちゃうよね! 旦那様の管理不届きって思うよね!? でも家内の使用人の管理は侯爵夫人に任されていて……あれそれだとクインティーナの所為にされてしまう……実権ないのに……そう実権ないから!! 実権持っているのは侍女長だったはずだから! でも彼女も雇われた身で、つまりその上司の責任……って旦那様だ! 全ての責任は旦那様にありっ!!』
(こいつ本当にヴィニカリスの叡智?)
鋭い言動も見せるのに、阿呆な言動を取る頻度が高すぎるとミラノスは呆れた。
アイヴィーの場合わざと大仰に反応している部分もあるが、知覚できるのはミラノスだけだ。クインティーナならばつられて緊張が解れたかもしれないが、ミラノスからしてみれば気が抜けるのでじっとしていて欲しい。
しかし程よく力が抜けたので、全くの無駄でもない。
「俺が不届き者って前提で、俺と交渉しに来たんだ?」
「そうだよ。ライコア侯爵家を狙う不届き者なんて罰当たりすぎて、滅多にいやしない。あんたを逃したらいつ出会えるかもわからないね」
「そもそもこうして捕まえられるかもわからなかったでしょ。俺が腕っ節の強い大男だったらどうしたの」
「その場合は、もっと穏便に接触したよ。でもあんた、ここについてすぐバテてたから」
「……」
どうやらミラノスがこの場に到着する前から、この二人は潜伏していたらしい。
アイヴィーの脳裏で「ずっとスタンバってました」と待機するフルスとマイナの姿がよぎる。
更に言えば、二人は冷静に自分達で制圧できる相手かどうかも見ていたようだ。
燭台の灯り一つでふらふらここまでやって来て、ゼハゼハいいながら座り込んだミラノスは制圧できる相手と判断されたのだろう。
ミラノスは反論できず黙った。
「そんなあんたが誰かを迎えるように立ち上がったから、合流される前にと思って飛び出したけど――それはこっちの思い違いだったみたいだ」
『あっ』
待ち合わせ相手のアイヴィーが自分を指差しながらミラノスを振り返る。
もしかしなくても、アイヴィーが来たから立ち上がった。この場で待ち合わせ、合流すると考えたマイナ達の考えは間違っていない。
「こっちにもこっちの事情があってね。もしこの前提が、あたし達の思い違いなら、あんたのことは騎士にでも突き出すだけさ」
「……騎士に突き出したところで、アンタ達の事情を告げ口するとは思わないの?」
「犯罪者の『証言』なんて、信じてくれるわけがないだろ」
『まだなにもしてないよミラノスは!』
まだなにもしていないが不審者として捕まれば、前世で言う「前科」が付いた状態になる。
その状態では、いざというとき『証言』するのに信憑性は多少落ちる。
それは現状よろしくない。
ミラノスは苦虫を噛み潰すような顔をした。
「……こんなふうにあっさり捕まる不届き者でも、必要なんだ?」
「あんた一人じゃないだろ、さすがに」
「わかんないじゃん。俺だけかもしれないじゃん」
「ライコア侯爵家に一人で挑もうってなら不届き者じゃなくて愚か者だ。でもあんたは愚か者じゃないだろ」
『一人で乗り込もうとしていたのはオクトスの方だね』
ミラノスは止めようと必死だったので、愚か者ではない。
必要ならこのように一人で行動するが、それだって危険を感じたらすぐ逃げるつもりでここにいる。
逃げられなかったが。
ミラノスはますますしわくちゃな顔になった。
しかし見えているのはアイヴィーだけだ。
「……組むとして、アンタ達に何ができるの」
「情報漏洩」
『わりと重要で罪が重いのきちゃった!』
いつの時代もどの世界でも、職場の情報を漏らすのは重罪だ。
とくにマイナは侯爵家に仕えている。主人の、仕えている家の情報漏洩がバレれば鞭打ちではすまされない。
だからこそ、ミラノスは眉をしかめた。
「そんなの俺を待たなくても、情報屋に持って行けばいいじゃん」
「不満か? 侵入の手引きくらいならしても良い」
「……」
『またまた重罪きちゃった!』
勿論、犯罪者を招き入れる行為も重罪だ。
脅されて仕方がなく、ならば情状酌量の余地もあるが、マイナは自ら条件として提示してしまっている。それを証明する方法はないが、犯罪者の『証言』だとしても、印象は悪くなる。
「……そこまでして、アンタ達は、何をして欲しいの?」
ここまで全部、ミラノスを頷かせるための餌でしかない。
相手が求めるものがわからないのに、頷けるわけもない。
「言ったろ。侯爵に、一泡吹かせたいだけだよ」
『絶対一泡どころじゃないでしょマイナさーんっ!?』
アイヴィーの叫び通り、マイナの目は、轟々と燃えていた。
フルス、無言でミラノスを押さえ付け続ける。




