50 貧弱攻防戦
揉み合っている男二人を見た瞬間、アイヴィーは急降下していた。
『ミラノス逃げてー!!』
そう叫び、ミラノスを拘束しようとしている男に体当たりをする。
ミラノスが不審者として捕まるのはヤバイ。その思いで飛び出したアイヴィーだが、男にぶつかることなくそのまま通り過ぎた。
『って触れないんだった!!』
咄嗟のことですっかり忘れていた。
旋回したアイヴィーは揉み合う二人を見て、ふと気付く。
逃げようとするミラノスと、捕まえようとする男。
もだもだごろごろ転がって、落ち着きが全くない。
つまり力が拮抗していて、互角。
(ど、どっちも貧弱……!)
びっくりした。
ミラノスがか弱いのはなんとなく悟っていたが、相手側も貧弱だ。
暗闇でよく見えないが、ひょろりと背が高い割に手足が細い。
効果音をつけるならポコポコポコ。相手のダメージにも自分のダメージにもならない攻撃を、お互い繰り広げている。
(小動物の戦いだ……! 本人達は必死でも、他所から見たら微笑ましい戦いだ……!)
どちらも背の高い成人男性だというのに、危機感が仕事をしない。
(そうよ危機感を持たないと! いくら微笑ましくてもミラノスがピンチなのは変わらない!)
触れないが指示出しはできる。それに、揉み合う流れで消えたのか、蝋燭の明かりはどこにもない。
という事は、ミラノスを捕まえようとしている側の視界は悪いはずだ。ミラノスも同様だが、今なら自己発光しているアイヴィーがいる。見えるのと見えないのとでは確実に差が出る。
そう考えて、アイヴィーは再び揉み合う二人に近付いた。
近付いて、ほのかに光る自分が二人を照らし、驚愕する。
『フルス……!?』
必死の形相でミラノスを取り押さえようとしていたのは、ライコア家の料理人。フルスだった。
『なんでフルスがここに……明日の仕込みを終わらせて寝ている時間でしょ!? 明日に響くよ!? 起きられるの!?』
それどころでないのに、思わず明日の心配をしてしまった。
捕まるまいと踏ん張っていたミラノスがぎゅうっと嫌そうな顔になる。アイヴィーの台詞で、力が抜けそうになっていた。
『フルスがいるという事は……やっぱり居た!』
周囲を見渡したアイヴィーは、揉み合う二人の死角からじりじり近付く人影に気付いた。
それは、麺棒を棍棒のように構えたマイナだった。
決定打を出せない男達と違い、確実に仕留めるという目でミラノスを凝視している。
アイヴィーは慌てた。
『逃げてミラノス超逃げて! 後ろからマイナが狩人の目をして迫ってきている!』
「!?」
アイヴィーの言葉を聞いて、ミラノスは慌てて振り返った。ぼんやり光るアイヴィーのおかげか、近付いてくる人影が女であることも、その手に麺棒が握られているのも見える。
だが残念なことに、それが命運をわけた。
『あー!! ミラノスが捕まった!!』
ミラノスとフルスの力は拮抗していたので、よそ見をしたミラノスを見逃さなかったフルスが力押しできてしまった。地面にうつ伏せにされ、背中をしっかり抑えられる。
油断なく麺棒を構えたままのマイナが、鋭い目付きでミラノスを見下ろした。
「あんた、昨夜もここにいただろう」
「……何のこと? 人違いじゃない?」
「こんな夜中に、わざわざ侯爵家に、蝋燭一つの灯りで近寄るようなヤツ、他にいないよ」
『それはそう』
いたとしたらそれは不審者だ。
あっさり頷いたアイヴィーを、ミラノスがとっても嫌そうな顔で見上げた。それがマイナを見上げたと勘違いされたのか、無言でフルスに押さえ付けられる。
さすがに同じくらいの腕力でも、上から押さえ付けられたら逃げられない。
ミラノスは顔の中心に皺を寄せてくしゃくしゃな顔をした。
暗闇なので、多分アイヴィーにしか見えていない。
「……それで? 俺が昨夜もここにいたとして、騎士に俺を突き出す? それとも侯爵家に連れて行く?」
押さえ付けられて痛いのか、ミラノスがもぞもぞ動く。動きながら、視線は麺棒を構えるマイナに向けられていた。
「しないよね。するつもりなら、もっと腕っ節に自信のあるヤツを連れてくる」
『確かにいい勝負だったけど、フルスも料理人だからそこそこ腕力はあるよ? 一応ね? 喧嘩は弱いかもしれないけれど』
そう、料理人は意外と力を使うのだ。
しかし対人は下手くそだった。そればかりは経験がないとしか言えない。そしてミラノスも喧嘩が弱かったので、二人揃って小動物の喧嘩になっていた。
言外に「お前ら喧嘩弱い」と言われたミラノスは再び嫌そうな顔をしたが、マイナから視線は逸らさない。
「そっちはそっちで、ライコア家になんか用事? それとも深夜に散歩しているだけの俺に、聞きたいことでもあるの」
――ミラノスからマイナの表情は、アイヴィーのおかげでよく見えた。
けれどマイナからは、ミラノスの表情はよく見えない。
何なら暗闇で、相手の輪郭も危うい。
だというのに、真っ直ぐこちらを見る視線は感じる。
(こいつ、得体が知れないな……!)
知らずの内に、マイナの警戒心を上げる要因になっていたが、二人とも気付かなかった。
「こんな時間に、連日通っといて、散歩なもんか。あんたはライコア侯爵家について探っている人だ。深夜に何がわかるかしらないが、あたしにはそれくらいしか思い付かない。それを前提に聞くよ」
刺々しいマイナの態度に、アイヴィーは一人ハラハラしている。何なら挑発的なミラノスの言動にもハラハラだ。
「あんた、あたし達と組む気はないか」
『んん――っ!?』
「……組むってことは、つまりアンタ達……」
「そうさ」
暗闇の中で、マイナの緑色の目が煌めいた。
「あたし達も、侯爵に一泡吹かせたいのさ」
アイヴィー『マイナさぁあ――――んっっ!?』




