49 所詮はないものねだり
(結局、この地図が何だったのかわからないままだ)
それからめぼしい書類も見付からず、センタスも口を割らずだんまりを決め込んでいる。
しかしここで黙り込むのは、やましいことがあると言っているようなものだ。
(潔白だと思うなら、それこそ扉を壊す勢いで暴れるのが父上だし。それをしないって事は、後ろめたいなにかがあるんだろうな)
頑固な父から情報を得るため、オクトスがあの手この手で口を割らせようとしている。
その方法として簀巻きにした父の前で父の好物を食べるというちょっとズレた責め苦を行っていたが、果たしてあれは効果があるのか疑問だ。
(俺にはよくわからないけど、あそこは頭の中が似ているから任せよう)
ミラノスは軽く仮眠を取ってから男爵家を出た。
同じく王都の貴族街に居を構えているが、立地場所は大きな差がある。
貴族街と言っても男爵家は市民外に近い場所にあり、侯爵家は王城の近くに建てられていた。
とくにライコア家は貴族街の奥まった場所にあり、防犯意識か見られたくないのか、塀が高くなり周囲には林が広がっている。
ミラノスのように木々に隠れる不審者がいるので、防犯意識ではないかもしれない。むしろあった方が危険だ。
ちなみに教会は、王城と隣接している。
どちらも建物が大きいので隣接という程近くはないが、位置的には隣だ。歩いて行くより馬車で行った方が早いが、隣である。
それ以上の距離を、目立たないために徒歩で移動したミラノスは、到着した頃には息も絶え絶えになっていた。
(最初は馬できたけど、あれは夜だから人目がなかっただけで、連日やったら目立つ。馬車は論外。なら歩いてくるしかないけど……この距離は辛い……!)
ゼハゼハいいながら木の根元に座り込み、荷物を抱えるように丸くなる。到着する頃にはすっかり日が落ちて、周囲は暗い。地面に置いた燭台の灯りが視界の頼りだ。
(アイツは……流石にまだいないか)
チラリと塀を見上げるが、月明かりのような星のような、夜闇にぼんやり浮かぶ光は見えない。
(侯爵と話をするって言っていたし、いつもより遅いと思って俺も遅めに出てきたんだけど……もうちょっと警戒して、兄さん連れてくればよかったかな。場合によってはクインティーナ危ないし)
オクトスにはああ言ったが、クインティーナの危険度はミラノスにとっても未知数だ。
場合によっては今夜が逃亡当日になる可能性だってあった。
(でもそれってまだマシな場合で……最悪は、話し合いの場でクインティーナが殺されること)
その最悪を、考えていない訳ではない。
(だけどクインティーナに動いて貰わないと、何もわからないままだ)
侯爵夫人として座っていていいだけの時間は終わってしまった。
聖人とバレたからには、それに対して侯爵に思うところがあるのならば、クインティーナに動いて貰わねば何もわからない。
(どいつもこいつも、聖人に高望みしすぎだよね)
聖人だとしても、ミラノスにできるのは見ることだけ。
その見ることが、神に近い証明とされるが、だからなんだと聞きたい。近ければ何なのだ。
(神様を見たことも、声を聞いたこともないのに)
結局は自分と違う物を見聞きする、自分と違う生き物に対する畏敬から発生した役職だと、ミラノスは思っていた。自分以外の聖人……クインティーナにいち早く気付いたからこそ、ミラノスは自分だけが特別な存在なのだとは思っていない。
それに見えるのは、何度洗ってもとれない鍋の汚れみたいに、見ているだけでこちらを不快にさせる淀んだ魂ばかり。無視しようにも仄かに光るものだから、いれば必ず気付いてしまう。隙間に隠れるなどされない限り、視界の端にはいつだって悍ましい輝きが存在を主張していた。
できることなら、こんなもの見たくない。
騒音に近い魂の呟きなど聞きたくもない。
(聖人の見る世界に対しても、見えていない奴らは夢見がちだよね……全然いい物じゃないのに)
ミラノスは片膝を放り出し、立てた膝を抱えるように丸まった。
(全員、見てしまえばいいんだ。大地に縛られた魂の成れの果てってヤツを)
物心つく前からの付き合いであるミラノスだって、慣れはしたが嫌悪は抱く。
(ああでも、そうしたら聖人への神聖視がなくなって、今度は迫害される側になるかな)
どちらにせよ、人と違う物を見る人間は生きにくい。
夜空を見上げたミラノスは、侯爵家の方向から、ぽつりと小さな光がこちらに向かってくるのを見た。
遠くてもわかる。
アイヴィーだ。
彼女の輝きは、闇の深い深夜にこそ本領を発揮する。
(アイツ本当に、何なんだろう)
ぼうっと近付いてくる光を見上げながら、規格外な魂について考える。
初対面の人面塀には度肝を抜かれたが、その後の理性的な言動にも驚かされた。死後二年経過しているのに人の形を保ったままなのも、生者を認識して会話が成立するのも、こちらに対して友好的でおしゃべりなのも。全部に驚かされている。
中でも驚かされたのが、アイヴィーが纏う光。
淀みのない、おどろおどろしくない、思わず視線が吸い寄せられるような神聖な光。
そう、まるで、彼女こそが神の遣いのような――――……。
(中身は全然、落ち着きがないけど)
あの光を見てはそんな幻想を抱き、現実に苦笑する。
(あほみたいな言動するけど、ヴィニカリスの叡智って呼ばれていたのは伊達じゃなさそうなんだよね……アイツはこの地図見て、何かわかるかな)
一応持って来た、謎の地図。
何やら父は持ち出して欲しくなさそうだったが知った物か。
ふわふわ近付いてくる光を見ながら立ち上がる。
足元にある蝋燭の炎が、風でゆらりと揺れて。
背後から、パキリと小枝の折れる音がした。
勢いよく振り返ったミラノスは、こちらに向かって手を伸ばす男と、目が合った。
暗闇で人影がぬうって手を伸ばしているのとっても怖いと思われる。
何なら立っているだけでも怖い。




