48 対応の変化
幼い時代。ミラノスも屋敷中を走り回っていた頃があった。
あちこちの扉を開けては何の部屋か確認して回っていた幼い日。父の部屋を開けたミラノスは、この魂と遭遇して二度と父の部屋を開けなくなった。
それ以来ミラノスは、扉を開けるときはそっと隙間を空けるように開くか、二番手に入るようにしている。
幼い日のトラウマと言ってもいいかもしれない。
(というか、まだいたの)
ぱっと見どこにもいないのですっかり油断していた。まさか棚の後ろ、壁との間に挟まっているなんて。
魂に壁は関係ないので、実際の所挟まっている訳ではないのだろう。しかしこちらからすれば、隙間から質量的にあり得ない手が伸びているので、とても心臓に悪い。
(……彷徨う魂は、生者に干渉してこない)
今までがそうだった。
だが、今のミラノスは、元気に話しかけてくるアイヴィーを知っている。
理性を持ち、思惑を持ち、試すような言動をする魂を知っている。
(アイツほどじゃないとしても……もし、知性が残されているなら)
だからか、そんな魔が差した。
「――父上が秘密にしている書類の場所を、知らない?」
小さな声は、ミラノスが思った以上に震えていた。
問いかけてから後悔する。
だが口から出た言葉はなくならない。
声が届いたのか、棚の隙間からぎょろりと変色した眼球が覗く。緑に腐食した目と目が合って、ミラノスはガチリと体を硬直させた。
見られているだけなのに、視線が粘つく。
全身が重くなり、地面に沈んでいく錯覚すら覚えた。
ぬらぬらと、縦に無理矢理引っ張られたような人型が、棚の間から身を乗り出す。それは長い手足で床を四つん這いになったのに、視線の高さはミラノスより上だった。
言い争うオクトスのセンタス達の声が遠い。心臓が、耳の横で脈打っているかのようだ。
じっと黙ったままミラノスの周囲をぐるっと回った魂は……そのまま、元いた場所に戻っていった。
(――戻るの!?)
ずっこけるかと思った。
これでは、思いつきで問いかけたが、怖い思いをしただけだ。
(聞かなきゃよかった! 聞かなきゃよかった!! 何だよ今の、見ただけ!? あの時間は何だったの!? 音がしたから見に来ただけ!?)
思わず泣きそうになってしまった。
しかしすっかり油断していたミラノスの前で、長い指先が揺れる。
異様に長い人差し指は、部屋の奥にある机を指差していた。
その机は、最初に調べた。引き出しを取り外して、仕掛けがないかも確認済みだ。
だが……。
「……」
ミラノスは無言で、机に近付いた。
執務室にあるのとは違う、簡易的な机だ。言ってしまえば小さいかもしれない。
机には長方形の引き出しが一つだけ。この引き出しの中身は、簡易的な文房具だけだった。
(引き出しが二重底になっているとか、文房具がに仕掛けがあるとか、そんな事はなかった。いたって普通の机で――……)
ミラノスの視界の端で、棚と壁の隙間に居座る魂が揺れる。
隙間にいる――……。
ミラノスは、もう一度引き出しを外して、机の下に潜った。
引き出しの上。天板の下。
もぐって見上げた先に、何かがピンで貼り付けられていた。
(まさかこんな所に――何だこれ?)
千切らないよう気を付けて、その何かを剥がす。手触りからして、紙ではなく羊皮紙だ。
小さな机一面を覆う大きさの羊皮紙。
それは、地図だった。
アイソメトリア国全土の地図。
本来なら、隠すような物ではない。
だがその地図には、所々に赤いインクで印がつけられていた。
「これは……?」
地図には、ペルデュランの領地に印がつけられていない。つまり領地と関係のない部分でつけられた印だ。
しかし印の数が多くて、正直ミラノスには意味がわからない。
果たして重要な意味を持つのかも怪しい。
――王都を囲うように点在する印がなんなのか、ミラノスにはわからなかった。
アイヴィー『あ、怪しい儀式が始まりそうな地図だぁああ――――っ!!』




