46 長男として
クインティーナは、ペルデュラン男爵家に仕える使用人の娘だ。
艶やかな赤毛にターコイズの目をした、愛らしい娘。
オクトスは覚えていないが、赤子の頃からずっとペルデュラン家にいたらしい。親が住み込みで働いており、テレーザと同い年だったので、幼い頃から遊び相手だった。
だからオクトスははじめ、クインティーナを親戚の子だと思っていた。
なにせ、ペルデュラン男爵家の人間は、半分が赤毛である。
母とミラノスは銀髪だが、父とオクトス。妹のテレーザは見事な赤毛だ。
そこにポンッと混ざっていたクインティーナも美しい赤毛だったものだから、幼いオクトスは血の繋がりがあると思っていたのだ。
普通は成長と共に身分差を理解して疎遠になるのだが、クインティーナはそうならなかった。
一人で勉強するのが嫌だとテレーザが我が儘を言い、クインティーナも一緒に令嬢の勉強をする事になったからだ。
淑女としての立ち振る舞いを覚えたクインティーナはテレーザと並んでも遜色なく、ますます使用人には見えなかった。
それでも、クインティーナは他人だ。
家族のように見えても、家族ではない。
彼女とオクトス達には明確な線引きがあり、テレーザが我が儘を言っても通せぬ部分はたくさんあった。その度にテレーザが全力で駄々をこねたが、それでも許されぬものは許されない。
そしてクインティーナも、それを理解していた。
男爵令嬢と同じ教育を受けたのだ。テレーザと同じように生活して、貴族としての矜持が芽生えてもおかしくなかった。
しかしクインティーナは慎ましく、自分の身分を忘れなかった。
教師に褒められて誇らしげに、嬉しげになっても、すぐにそれではいけないとばかりに視線を下げる。
いつも、仲良く遊んでいても、一歩下がる。
絶対に、オクトス達の前に出ないよう調整していた。
なんだかそれが嫌で、オクトスは何度もクインティーナの手を引いて遊び歩いた。泥だらけになったのを、怒られる前に彼女が洗濯してくれたこともある。
はにかみ笑いが可愛くて、その笑顔が見たくて、畑から白い花を引っこ抜いて手渡した。
目を丸くして驚いた後、嬉しそうに頬を染めた顔が、愛おしかった。
愛おしいと思っていた。
だから、彼女がミラノスと同じ秘密を抱えているのにも気付けた。
クインティーナの事情に自力で気付いたのを、ミラノスには驚愕の顔で見られたが、オクトスだって気になる子の挙動からなんとなく察する。大雑把の自覚はあるが、だからこそよく見ているのだ。
――聖人とは神に近しい人のはずなのに、ミラノスもクインティーナも、とても窮屈そうに過ごしている。
隠し事がある後ろめたさからか。バレてはならない強迫観念からか。どこか影のある二人の姿を見るのは……心苦しい。
大好きな彼らには自由であって欲しい。
クインティーナとは身分差という超えられない壁があるが、結婚が全てではない。彼女が幸せなら、自分は隣に居なくてもいい。愛らしい笑顔は見たいので草木の影から覗くくらいはするかもしれないが、笑ってくれるならそれでいい。
笑ってくれるなら――……。
(だが、彼女が笑えない未来なら――)
向かってくる拳を、オクトスは手の平で受け止めた。反対側の拳も、同じように受け止める。
向かい合ったまま、父と息子はガツンッと額を付き合わせて組み合った。
「父上、私は……っ私が彼女を幸せにできなくても、彼女が幸せであってくれるなら、それでいいと思っていた」
「それ見たことか、過去形ではないか……!」
「そうだ、過去形だ……父上の手で無理矢理嫁がされた彼女が、幸せになれるはずがないからな……!」
(あ、イライラしてきている……)
様子を伺っていたミラノスは、オクトスの語気が強くなっているのを感じた。
あれはイライラしている。ミラノスは弟だからわかる。
そっと耳を塞いだ。
「彼女が自ら選んだ相手だったら、付き合いで紹介された相手だったら、彼女が幸せになれそうだったら見定めはしても見守った……!」
(見定めて見守ることを決めているのがペルデュランの男、なんだろうな……)
そこまでする権限など誰にもない。家族ならあり得るが、クインティーナは使用人だ。
「だがテレーザの代わりに……わざわざ我が家に養子入りしてまで侯爵に嫁がせるだと!? 疑惑も曰くもある、侯爵に! そんなの――黙っていられるかっ!!」
「ぐぉお!?」
腹から声を出したオクトスの足払いがセンタスの体勢を崩す。そのまま体を捻って、うつ伏せになったセンタスの背中を、オクトスが押さえ付けた。
「父上が彼女を不幸にするというのなら! 私は義兄として義妹を保護し、ミラノスと同じようにこの檻に仕舞い込む!! 嫁になどやるものか!!」
「待って俺も?」
ひょっこり顔を出したミラノスが戸惑った声を上げるが、オクトスには届かない。
「さあ! どうしてこのような暴挙に出たのか……洗いざらい話して貰うぞ父上!」
「ぐぬぬ……っ」
「このままでは……侯爵がクインティーナの魅力に気付いて、本気で新婚生活が始まってしまう!!」
「ぐぬ……?」
「だから、殺人鬼と結婚生活できるほど、クインティーナは図太くないってば……」
本気で危惧しているらしいオクトスに、戸惑い顔のセンタスはともかく、ミラノスは心の底からの呆れ顔だった。
ちなみに使用人は家具だって貴族が言うとするじゃん?
つまりクインティーナも家具として扱われるとするじゃん?
オクトス「彼女が家具なら生涯愛用するな!」
結婚できたとしても勤め先は変わらないし変えられそうにない。




