45 家督という檻の中で
オクトスのお話。
ここに来てちょっとだけラブの気配。
オクトス・ペルデュランは、ペルデュラン男爵家の跡継ぎとして生まれた。
元気な産声は出産に立ち会っていた人々の鼓膜にダメージを与えるほどで、握力も腕力も脚力も赤子と思えぬほど力強かった。ハイハイで木登りをはじめたときは母が卒倒し、乳母が悲鳴を上げたらしい。
弟が生まれた頃など絶賛のイヤイヤ期で、それはもう周囲の物を破壊し尽くすわんぱく小僧だった。
そんな怪獣を生まれたばかりの貧弱な赤子の場に置いておけるか?
答えは否である。
大人達は、子供達を離して育てることを決めた――のだが、子供の行動力を舐めていた。
オクトスはあっさり、生まれたばかりの弟に突撃していた。
大きな椅子を引きずってゆりかごのそばに置き、よじ登る。暴れ回ってボサボサの赤毛と転げ回って泥だらけの体のまま、生まれたばかりの赤子を覗き込んだ。
周囲の言っている弟というものも、よく理解していなかったが、母の腹から出てきた家族だとは理解できた。
初めて見た弟は、自分より小さかった。
生まれて二年目のオクトスの周囲に、同世代の子供はいない。
オクトスははじめて、自分より小さな生き物を認識した。
家族なら一緒に遊ぼうと思って近付いたオクトスだが、思った以上に弟が小さくて弱々しくて、びっくりした。怖じ気づいたとも言う。
でも退屈だったので、オクトスは弟と遊ぶためにむんずと手を握り、そのまま引っ張った。
引っ張ったら、首が。
――ぐにゃっ。
「ぎゃああああ坊ちゃま――――!?」
席を外していた乳母がそこで戻り、大絶叫を上げた。
オクトスはそれから、大人達に盛大に叱られることになる。
いつもなら不貞腐れるだけのオクトスだが、この説教はかなり効いた。
だって弟は、オクトスが思うよりもふにゃふにゃで、脆かったのだ。
あんなにふにゃふにゃでは、すぐに壊れてしまう。
オクトスの予想通り、弟……ミラノスはオクトスと違い、しょっちゅう熱を出しては死にかけた。
どこかにぶつかっては怪我をした。
元気に駆け回るオクトスに吹き飛ばされて、えんえんと泣くことも多かった。
このままではいけない。
うっかり弟を壊してしまう。
ふにゃふにゃな弟を傷つけないように、オクトスも加減を覚え……暴れ回っていた怪獣は、すっかりお兄さんになっていった。
妹が生まれてからもオクトスは良き兄として、か弱い命を守ろうと必死だった。
だが生まれながらのわんぱくさがなくなったわけではなく。
貴族としての学びが行き詰まると、オクトスは弾丸のように領地を駆け回っていた。
なにせ、騎士を目指さない身では、溢れるほどのパワーは貴族として無用の長物。
むしろ求められるのは数字と仲良くする方法。
オクトスは頻繁に頭から煙を出していた。
そんな彼が最も得意とするものは農業。
領民達に混ざって畑を耕したり種を植えたり、雑草を駆逐してやるっと言わんばかりに引っこ抜き続けるのが性に合っていた。
性に合っていたが、オクトスはペルデュラン男爵家の嫡男。
向いていないからと逃げることはできなかった。
(執務はミラノスの方が向いているが、アイツは次男だし……俺が守ってやらなければならないし)
ミラノスが聖人だとわかった日、両親はオクトスが言葉を失うほどに嘆いた。
蒼白な顔で、誰にもバレてはならないと言い聞かせる父の顔は絶望に染まっていた。
だからオクトスも、幼いテレーザも、聖人であるのは悪い事なのだと理解した。
同じくらい青い顔をしたミラノスは、部屋の端を見ながら頷いた。きっとそこに、オクトス達には見えない何かがいたのだろう。
万が一を考えて、ミラノスは目立たないように男爵家に籠もって生活している。将来的にはオクトスの補佐として働く予定だ。周囲もオクトス一人に任せるのは不安だったので、むしろ歓迎されていた。
仕方がないことだとわかっているが、しかし。
(聖人とか関係なく、何も気にせず、過ごせる世界になればいいのに……)
オクトスは、優秀な弟が聖人の役割にとらわれて、どこにも行けないのが不憫でならなかった。
弟なら、ミラノスならきっと、男爵なんて檻に囚われず、どこでも生きていけるのに……。
そう思っていたから、きっと彼女の存在も目についた。
ミラノスと同じように、隠れるように生きていた、彼女が。
ミラノス「引き籠もりが許されるこの環境、快適だけど!?」




