44 拳で語る男達
オクトスとミラノスの父、センタス・ペルデュランは大柄ではないが、がっしりした身体付きをしている。
わかりやすく言えば農夫。
男爵だが、農作業をする男達と同じくらい逞しい肉体を持っていた。
着ている服も実にラフなもので、このまま農民に紛れてもわからない――は流石に過言だが、貴族と言うより農民に近い出で立ちだ。
吹っ飛ばされてひっくり返ったミラノスは、そんな父がずんずんとバリケードを乗り越えてくるのを見た。
壊れた入り口から見える室内は、なんで自分の部屋でガチの籠城をしているんだと呆れるくらい、机や椅子だけでなく大きな棚や寝台まで扉の前に置かれている。
丸太の強度が負けるくらいだ。過度な積み上げは予想していたが、とことん積み上げられていた。
センタスは扉が吹っ飛んでも動じなかったオクトスの傍にずんずん近寄り、太い腕を伸ばして胸倉を掴んだ。
日に焼けていたんだ赤毛に、そばかすだらけの顔。
爛々とした青い目は、晴天の空と言うより高温の炎だ。
「お前はまぁだ、使用人にうつつを抜かしておったのかぁ……!」
「うつつなど、抜かしていない」
自分の胸倉を掴むセンタスの腕を掴み、オクトスは父によく似た顔で茶色い目にキリッと力を込めた。
「好いているのだ!!」
「それがうつつを抜かすというのだ馬鹿たれぇっ!!」
「うわー!」
オクトスを掴んでいない反対側の拳が、オクトスの顔にめり込んだ。
自分が殴られたわけでもないのに、ミラノスが悲鳴を上げる。床を転がって速やかに距離を取った。
「お前はペルデュラン男爵家の嫡男だろうが! 婚約者でもない、貴族令嬢でもない、使用人に懸想してどうするこの馬鹿者がっ!」
「好ましく思うだけなら自由だろう!?」
「うわー!」
殴られて一瞬ふらついたオクトスだが、すぐに拳を握ってセンタスへ叩き込んだ。
やっぱり悲鳴を上げるのは、関係のないミラノスだけである。
「それで済むと思うなよペルデュランの男がっ!」
雷鳴のような怒鳴り声と共に、男爵の拳がオクトスを襲う。オクトスも拳を握り、応戦を開始した。
廊下の端まで退避したミラノスは、轟音に気付いて駆け寄ってきた使用人達を軽く手を振って追い払う。
「手当の準備だけして、後は食事の準備。部屋の片付けは本人達にやらせるから」
殴り合いの度に悲鳴を上げるミラノスだが、この二人のやりとりはこれがはじめてではない。
どちらも冷静に話し合えない気質なので、いつも話し合いは肉体言語だ。
(母上が生きていた頃はまだ話し合いができたけど……どっちも納得できないと肉体言語になるの、本当にやめて欲しい……身内だけのノリとはいえ、俺ついていけないからね?)
ちなみに長女のテレーザはついていける。
蝶よ花よと育てられた末っ子だからこそ、男親も男兄弟も彼女に手は出せない。末っ子に勝てるのは母親だけだった。
今は亡き、母の拳こそが最強だ。
(それにしても……父上がクインティーナの件で、ここまでキレるとは思わなかったな)
オクトスはクインティーナを好いている。
クインティーナもオクトスを好いている。
本人達は何故かお互いに、気持ちを隠し切れているつもりのようだが、周囲からすればバレバレだ。
しかしそれは、お互い身分差を気遣っての防衛策だったのかもしれない。
とくにオクトスは、だいぶ頑張っている。
(ペルデュラン男爵家の男って、重い男らしいから……)
一人を好いたら、その一人と添い遂げられるまで耐え忍ぶ。
(幸い、社交界で有名になるほどの事件は起こしていないけど……嫁いではじめて重さに気付くことが多くて、嫁姑でも助け合い必須だとか。むしろお互い逃げられないから、慣れるのが夫婦円満のコツ……って散々お婆さまからも、母上からも聞かされたし)
ちなみに本当に怖いのは婚姻が成立して夫の重さに気付く事、らしい。
婚姻まで本性を隠しきる男が多いので、社交界ではごくごく普通の男爵家と認識されている。
いや、教会から見れば反乱分子ばかりの男爵家だが。それは置いておく。
何が言いたいかと言えば、オクトスは本当に頑張っている。
自分の幸せよりも、クインティーナの幸福を優先しようと、頑張っている。
オクトスはクインティーナを愛人にするつもりも妾にするつもりもない。
そしてクインティーナも身分不相応な行動は慎み、情けが欲しいとも言わない。
ペルデュラン男爵家の性質の不安はあれど、彼らがお互いに踏み込む気がなかったから、周囲は何も言わずに見守っていた。
テレーザはしょっちゅう「もどかしいですわ! ちょっとやらしい空気にしてきますわ!!」などと言っては和やかな空気にしていたが、妹は例外だ。
センタスも、オクトスの胸の内を理解して小言程度だったはずなのに。
(やっぱり何かあるよね……肉体言語が得意な父上だからって、今回の件は考えなしすぎだし)
テレーザの嫁入りも。
クインティーナの身代わりも。
いくら何でも、無理がある。
真意を聞くために、オクトスはずっと籠城するセンタスの殻を破ろうとしていたのだが、センタスの籠城は思った以上に堅牢だった。
(まさか、このネタであっさり出てくるとは思わなかったよ……)
二度寝は無理そうだな。
ミラノスは殴り合っていた二人が両手を合わせて力比べに入ったのを眺めながら、遠い目をした。
アイヴィー『……待って? 溺愛恋愛小説のヒーローにありがちな設定出てこなかった!?』




