43 欲目と言うなかれ
ミラノスが、クインティーナを介してニリスとアイヴィーが話すことになったとオクトスに伝えたのは、アイヴィーと情報交換をした翌日だった。
翌日と言っても、深夜に動き回るミラノスの朝は遅い。すっかり日が昇り、ほぼ昼に近かった。
一方オクトスは早寝早起き。
正確に言えば自室に籠城する男爵を引きずり出そうと、こちらも部屋の前を陣取っていた。ここ数日、部屋に戻らず廊下で規則正しく生活している。
ちなみに丸太で破壊作業をしていたのだが、丸太の強度がバリケードの強度に負けた。流石父だと汗を拭うオクトスを、ミラノスは遠くから確認した。絶対に近寄りたくない。
しかし情報共有は大事だ。
しょぼしょぼした目でなんとか起きたミラノスは、扉だけでも外せないかと格闘するオクトスの隣に座った。
手にしたバールのようなものでガンガン扉を叩き続けるオクトスを止めることなく、昨夜決まった内容を伝える。
「それは、クインティーナが危険ではないか?」
「まあね。でも無視し続けるのも、誤魔化し続けるのも無理でしょ」
ニリスが前妻からの言葉を求め続けるなら、クインティーナはいずれ答えなければならなくなる。
「肯定が返ってこないと、確信していても疑っちゃう。もしかしたら勘違いだったかもしれないって、考え直される方が危険だよ」
そう、勝手に誤解したのに「よくも騙したな!」と逆上される可能性。
話しに聞く限り、ニリスは情緒不安定な上に短気だ。
三日は大丈夫でも、一週間思った通りの反応がなければ、対応が変わってくるかもしれない。
攻撃的になるのも困りものだが、執着されるのも困りものだ。アイヴィーのペンダントへの対応からみて、執着された方が面倒くさい輩であるのはわかっている。
クインティーナにはつかず離れず、死んだアイヴィーの話題を囮にぬらりくらりと距離をとり続けて欲しい。
なんて考えているミラノスだが、まさかニリスが「聖人イコール姉」などというぶっ飛んだ思考回路の所為でクインティーナも姉認定されており、普通に妻をしているより執着されているなどとは思わなかった。
こればかりは仕方がない。
「危険だとしても、今までも侯爵とやりとりをしていたのはクインティーナでしょ。背後に四人目がいたとしても、ずっと受け答えはクインティーナ。訳がわからない問答が続くより、ここで受け答えを明確にして情報を搾り取った方がいいって」
ミラノスとしては少しでも時間稼ぎがしたかった。
アイヴィーに執着しているなら、アイヴィーを上手く使えばいけると思っている。
ただし理由が不明なので、少しでもその部分を解明したかった。
その結果、とんでもねぇ事実(聖人イコール姉)が判明して謎が増えているわけだが、今のミラノスはそんな未来を知らない。
「だが――」
「危険だとか言われても、今のところやりとりできるのはクインティーナだけだからね?」
アイヴィーが傍にいるが、彼女にできるのは精神的な応援だけだ。
その場で踏ん張らねばならないクインティーナにとっては何より頼もしい存在だが、クインティーナが追い詰められた場合の助けは期待できない。
オクトスはクインティーナを危険な目にあわせたくないと言うが、それは現状無理だ。
「わかっているが――」
(兄さんがクインティーナを危険な目にあわせたくない気持ちはわからなくもないけど、必要だと諦めて貰うしか――)
「わかっているが、そんな濃密に時間を使っては、侯爵がクインティーナに惚れてしまうやもしれないではないか!」
(放っとこ)
真顔で力強く宣言したオクトスに、ミラノスはスンッと表情を消した。
弟の表情が冷め切ったのに気付かないオクトスは、バールのようなものを握りしめて豪語する。
「ペルデュラン男爵家の中でも特に器量よしなクインティーナだぞ!? 慎ましく仕事着で過ごしていた頃と違い、令嬢のようにドレスで着飾るクインティーナだぞ!? きっと目が覚めるような赤毛も吸い込まれそうなターコイズの瞳も麗しく磨かれているに違いない。勿論素の姿こそ美しいと感じるが、女性は着飾れば着飾るほど輝く。つまり今のクインティーナの輝きは絶好調!! そんな彼女と向き合ってお話をして陥落しない男は存在するのか? して良いのか? して欲しくないがするだろう!!」
オクトスにとって、クインティーナはそれだけの美女だ。
ミラノスからしてみれば、整ってはいるが人混みに紛れたらわからなくなる程度。
その程度だが、口には出さない。
だって野暮だし。
ミラノスはなんとなく廊下の窓から空を見上げた。
まだ眠いので二度寝したいが、そんな時間はあるだろうか。
「いくら四人も妻を娶ってきた侯爵とて、彼女の生命力に気付いた日には目が離せなくなってしまうに違いない……! 着飾っているからこそ隠れている彼女の魅力に気付いてしまう! そうとなれば、何が起きても手放しがたくなるものだ!」
ニリスの執着ってヤバいなと思っているミラノスは、その点だけは同意だ。
ニリスがクインティーナに惚れてしまうかどうかは置いておいて。
「それに侯爵は、見目麗しい美男子……あの容姿は令嬢達に好まれる分類で……万が一! 万が一、何度も顔を合わせてクインティーナが彼のよいところをみつけて靡いてしまうかも」
「流石のクインティーナも殺人鬼には靡かないでしょ」
しかも自分の命を狙うかもしれない男。わかっていて惚れるような女ではない。
何故ならクインティーナには既に、心に決めた相手がいるから……なんて野暮なことは言わないが、あり得ないと断言できる。
できないのは、全然気付いていない当の本人だけだ。
「……さんぞ……」
その時、地中から滲み出る怨念ような声が響いた。
「使用人にうつつを抜かすなど許さんぞオクトスー!!」
オクトスとミラノスの間。
どれだけ叩かれてもびくともしなかった扉が、内側から吹っ飛んだ。
現れたのは、ペルデュラン男爵家当主。センタス・ペルデュラン。
自室で籠城していた彼は、自ら築いたバリケードを蹴飛ばしてその身を乗り出した。
ちなみに当たっていないのに、ミラノスは衝撃で吹っ飛んだ。
どんな男爵を想像していましたか。
ギルティな事に変わりありませんが、こんな男爵です。




