42 ある意味ここ一番の
『こんなん、どうしたらいいのぉ~!?』
嘆きながらアイヴィーは、夜空の下をふわふわ浮いていた。
ニリスから話を聞いたあの後、アイヴィーは取り敢えずクインティーナを寝かし付けた。ニリスの狂気にあてられてすっかり青くなっていたし、夜も更けていた。
深夜に考えすぎるのはよくない。
前世の経験から知っていたアイヴィーは、疲れたクインティーナを寝台に突っ込んだ。実際は彼女が自力で寝台に入るのを急かしただけだが、クインティーナはちゃんと寝台に入ったのでよしとする。
『これが現代だったら、旦那様の証言を全部録音して自白に判断できたのにぃ~!』
それくらいボロボロ全部語ってくれたわけだが、残念ながら今世では、音声を記録に残せる機械はどこにもない。
ニリスが前妻殺害を認めたと『証言』しようにも、聞いていたのは監禁されているクインティーナと幽霊のアイヴィーだけ。『証言』のしようがない。
『不可解だった殺人動機と、私に執着している理由はわかったけれど……あんなのわかったところで解決できないよぉ』
そもそもの原因はニリスのトラウマだ。
しかしトラウマは、知識のない人間が不用意に触れれば傷を広げる可能性が高い。
カウセリングのプロだって、患者には常に手探りなのだ。統計学から算出したマニュアル通りに傷を癒やせる人ばかりではない。
何より、心の傷を治すには、傷と向き合う根気強さが必要だ。
本人が傷と向き合い、直す覚悟をしなければ、誰がなんと言おうとそのままだ。
時間が癒してくれる場合もあるだろうが――周囲に実害の出ているニリスの場合、時間をかければかけるほど被害が広がるだろう。
(クインティーナが五番目の妻である限り六番目の妻は来ないけれど――)
だからといってクインティーナをニリスの抑止力として置いておくには憐れすぎる。殺されなければいいという話ではない。
(それに、教会側の倫理観がだいぶ終わっているから、ミラノス達が考えている作戦も使えないかもしれないなぁー!)
大体全部教会の所為、と言っても過言ではなさそうなほど、教会の倫理観は終わっている。
クインティーナもドン引いていたので、今世でもあり得ない展開だったはずだ。目隠しはともかく、子作りの下りは生前でも聞いた事がない。
つまり、聖人の血筋を増やそうと行っていた内容は、教会で秘められていた。
となれば、教会側もそれが大衆に受け入れられないとわかっている。
(そりゃそう。姦淫罪なんてあるもの。性に対しての価値観は現代の日本に近いし……『聖人』と呼ばれるくらい、清らかであることが求められている)
神に一番近い人、なのだ。
(聖人の血縁者は聖人じゃない。血筋が続いていくのは許容されても……聖人本人への狼藉は、きっと許されない)
いざというときに人身御供として扱う、なんとも酷い民衆だ。
けれど彼らは本気で、聖人は神の御許へ声を届ける事ができると信じているのだ。
(神の遣いは清らかであるべき……ってのは、大体どこでも考える)
まさかそれを指導するはずの教会が、率先して爛れていたと知られれば、顰蹙どころではない。
聖人のお役目などと言われても、聖人が子を生んだ実例もないのだ。
(どう考えても教会側の暴走……長年、聖人と接してきたことから生まれた弊害かな? 彼らからしてみれば聖人の出現法則が確定するなら、安定して聖人に居て欲しいだろうし)
民衆は日々を生きるので必死で、聖人がいてもいなくても気にしない。
信心深い信者は憂うかもしれないが、聖人は神に近いのであって神ではない。いれば縋るだろうが、いないのならばそこまでだ。
だとういのに、協会関係者がこれほど聖人を求める理由は。
(ペルデュラン男爵家の顛末を聞けばなんとなくわかる、かな)
責任逃れだ。
災害が起きたとき、全ての責任を神ではなく聖人に押しつけたい。
(確証はないけれど、多分そう)
実際に押しつけられて『役立たずの聖人』なんてレッテルを貼られた聖人がいるのだ。
考えすぎの可能性はあるが、大きく外しているとは思わない。
『……でもってそのペルデュラン男爵家も一気にきな臭くなったんだよなぁ~』
正直、ニリスがペルデュラン男爵家について言及したのは意外だった。
しかも、かなり含みのある言動付き。
『これは多分、ミラノスも知らないよね。今夜伝えられたらいいんだけど』
連日夜更かしは体に悪いが、今夜ニリスと話すのは伝えていた。
恐らく、いつもの場所でアイヴィーが来るのを待っているはず。
(ペンダントが侯爵夫人の部屋になったから、行動範囲がまた変わったんだよね。旦那様の部屋より使用人達の棟に近いし、多分大丈夫だと思うけれど……私、外に出られるかな~)
塀よりちょっと高い位置を維持して進む。
見えない壁にぶつからないよう、塀の上から手を突きだしてみる。青白い静電気も違和感もないのを確認して、アイヴィーはほっと肩を下ろした。
『よかった。塀を挟んだり人面塀になったりせずミラノスとお話しできそう』
初対面で人面塀なんて衝撃な光景を見せたこと、実はちょっと気にして居たので安心した。
さて、ミラノスの姿はあるかなと塀から外を見下ろしたアイヴィーは。
二人の男が暗闇の中で揉み合っている姿を発見した。
『――――アッ!? 嘘でしょミラノス見付かっちゃった!?』
大問題である。
見付かっちゃった!?




