40 聖人君子にはなれない
ニリスの言葉に、クインティーナがアイヴィーへと視線を向ける。
しかし本人は、全く心当たりのない顔をしていた。
(――そうだっけ??)
というか全く覚えていなかった。
「三人目が不貞を行った為、彼女に対して厳しく見過ぎていた。使用人達の証言を鵜呑みにして、彼女への確認を怠った。そのことは、本当に後悔している」
おのれのトラウマを語るときでさえ無表情だったニリスの顔が沈痛に歪む。はじめて変わった表情に、クインティーナはオロオロした。心なしか背後の魂の邪悪さが増したように感じたからだ。
『――待って、これって私の返事待ち?』
後悔していると告げてから黙ったニリス。
長めの間に、ペンダントの方に集中する視線に、アイヴィーは思わず自身を指差してしまった。
(コメントに困るのだけれど!?)
ニリスは本当に後悔している様子だが、今更悔やまれても意味がない。アイヴィーは死んでしまっている。しかも相手の勘違いで。
使用人からリークされたらしいが、なんとなく悪意を感じる。本当に二人きりであった事はないので、覚えているなら誰から聞いたのかを聞きたい。
(でもそれは後。まずは旦那様へのお返事だよね――いや、許さないけれど?)
後悔しているからなんだ。
後悔しているなら許されるとでも言うのか。
(普通に恨めしいが?)
明るく元気に飛び回っているアイヴィーだが、殺されたのだ。恨み言はわんさかとある。
後悔しているなら許すよなどと、聖人君子のようなことは言えない。
そう、アイヴィーは聖人ではない。
笑って死んだと言われても、全く覚えがない。
(だって無理がある! 自分の死に際の様子とか詳細に覚えてないよ!?)
他の魂は知らないが、少なくともアイヴィーはよく覚えていない。
どうやって死んだのかは覚えている。
直前までの会話もなんとなく覚えている。
しかし胸を刺すような痛みと喉が焼けるような熱に襲われながら、冷静でいられるわけがない。
『私が笑いながら死んだかどうかは覚えがないけれど……私は聖人じゃないよ。生前は幽霊とか一度も見たことがなかったから――ちょっとクインティーナ。そんな目で私を見ないで。嘘じゃないから。本当だから』
アイヴィーの呟きに、クインティーナがちょっと疑う眼差しを向けてきた。
そもそもアイヴィーが四人目に選ばれたのは、ヴィニカリスの叡智と呼ばれるほどの賢人だったからだ。人々が「彼女は神のお告げを受けたに違いない」と思うほどに。
実際のところは前世の記憶があったからなんとかなっただけだ。
だが基本的に人生一週目の周囲が、そんなこと思い付くわけがない。
人々がいくらアイヴィーを聖人だと言おうと、教会側が誤魔化しているのではないかと疑おうと、アイヴィーは彷徨う魂を見ることはできなかった。
前世の知識はあったが、霊感はない。
ないものはない。
ないのだが。
『こんな捻じ曲がった思考の旦那様を否定しても大丈夫……?』
これだ。
しかも気付いたら二人目の妻を殺していたとか、逆上したら自分でも何をするかわからない部分を告白している。
そんなニリスに、アイヴィーは聖人ではないと否定してもよいものか。
『頭のおかしい人を否定すると、大体碌な目にあわない。前(世)からそう』
かといって肯定するのも怖い。
となれば。
『全力で話を逸らすしかない……!』
そう、アイヴィーと聖人を関連付けない形で。
『――ということで、普通に文句を言おう! 後悔しているって言うけれど、火葬はちょっとやり過ぎじゃない!?』
アイヴィーの感覚では普通だが、今世では異常行為だ。ちなみに聖人も土葬なので、ニリスの姉は教会の墓場で偉人として眠っている。
全く関係ないわけではないが、ここで文句を言い出したアイヴィーに、クインティーナも面食らう。しかし相手を否定した後の事を考えると愚痴に近い文句を言った方がマシかもしれないと思い、オロオロしながらも追従した。
「侯爵様の後悔はともかく、アイヴィーさんは、それにしたって火葬はやり過ぎだとお怒りです」
「あれはあなたの弟が悪い。私から姉上を引き離そうとした。彼にあなたを渡さない為に、私は姉上を燃やすしかなかった」
『ん――――っ!?』
アイヴィーは大袈裟な動作で額を抑えた。
クインティーナは一瞬、何故アイヴィーがその動作をしたのかわからなかったが……ニリスの言葉を反芻し、違和感に気付いて寒気を覚えた。
『もしかしなくても聖人イコールお姉さんの頭になってる――――!?』
その場合、聖人認定されているクインティーナも姉である。
量産するな。
ニリスは、SAN値0




