35 あれだけ騒いでおいて?
その日の夜、いつもより早い時間にニリスはクインティーナの元を訪れた。
ここ最近騒がしかった屋敷も、すっかり静かだ。
それは騒がせていた原因が、やっと見付かった安心感。
しかし騒がせていた原因が、何故か今……クインティーナの手元にある。
「あなたのおかげで見付けることができた」
「え、あの、これは?」
「あなたが見付けたペンダントだ。大切にして欲しい」
そう言って差し出されたペンダントを受け取ったクインティーナは宇宙を背負った。
ちなみにその背後で、アイヴィーも一緒に宇宙に行った。
『なんでクインティーナに渡した……?』
アイヴィーの遺品である。
そして現在は夫のニリスの所持品である。
あれだけ執着していたペンダントを、何故保管するのでなくクインティーナに手渡したのか。
見付かったよと報告するだけならまだしも、何故。
何故この流れで手放した。
宇宙を一周したアイヴィーは、深く息を吐いた。
『はぁー……落ち着いて。落ち着くの。そう、この意味わからん行動を聞くのが今日の目的……聞くこと増やしてくるんじゃねーわよ旦那様ァ』
冷静にはなりきれなかったが、その呟きでクインティーナも我に返る。
「お、お疲れでしょう。どうぞ座ってくださいな」
「ああ」
立ちっぱなしは何なのでと、なんとかソファへ誘導することができた。
話がしたいと使用人を通して連絡していたので、ニリスは促されるままにソファに座る。話が通っていたので、クインティーナの部屋には軽食が並べてあった。お互い夕食後なので軽くつまめるビスケットやナッツ類だが、ないよりはマシである。
ちなみに飲み物はワインにしましょうかと問われたが、アイヴィーの件があるのでハーブティーをお願いした。ワインで毒殺の話を知っていて、ワインを持ち込む勇気はない。
そうして準備を整え、気合いを入れていたのだが――座る前に、部屋に入ってすぐペンダントを渡されて、クインティーナはすっかり出鼻をくじかれた。
(いけません。しっかりしなくては)
頑張ると決めたからには、相手のペースに巻き込まれてはいけない。
手渡されたペンダントを、取り敢えずテーブルの上に置く。ふよふよと苦い顔をしたアイヴィーがその真上にやって来た。クインティーナとニリスはテーブルを挟んで座るので、自然とアイヴィーは二人の間に収まった。
アイヴィーはなんとも言えない顔をしているが。クインティーナとしては心強い。
お茶の準備をした使用人が下がるのを確認してから、クインティーナはニリスに早速とばかりに切り出した。
「侯爵様はお気付きかと思われますが、私には彷徨う魂が見えます」
「ああ」
「ですので、アイヴィーさん……侯爵様の、四番目の奥様とも、お話ができます」
「ああ」
「そのアイヴィーさんですが、今まではペンダントを探して傍にいませんでしたが、本日見付けることができたので、こちらにいらっしゃいます」
「そうか」
平坦な相槌だが、そこには隠し切れない期待が滲んでいた。
表情は変わらない。口元はにこりともしないし、眉も微動だにしない。
けれどニリスの赤い目は子供のようにキラキラと輝いていた。
――だから、なんで、そんな反応。
アイヴィーとクインティーナはドン引きだった。
事情を知らない状態で見れば「わぁ侯爵様にも可愛いところがあるんですね」で終わるが、クインティーナの台詞はつまり「私はお前が殺した妻とお話しができます」だ。
実質「お前が殺人犯だと知っているぞ」と言ったのと同じこと。
だというのに、殺した側の人間が、何故目を輝かせるのか。
殺人犯だと知られるのは致命的なはずなのに、それを差し引いてでも自分が殺したアイヴィーを話したいというのか。
――自分で殺して置いて。
クインティーナは膝の上でぎゅっと拳を握り、問いかけた。
「侯爵様は……アイヴィーさんを、何故殺したのですか」
直球でいったな、とアイヴィーはクインティーナの剛球に目を見張った。
ここは相手の出方を窺いながら会話を調整したいところだが、ニリスはどこまでも読めない。しかも相槌しか打たないので会話が続かない。
ならば、直球剛球超速球になっても仕方がない。
というか、いざとなると度胸があるのがクインティーナだ。アイヴィーが質問を用意する手はずだったのだが、自ら質問している。
問われたニリスは、相変わらず微動だにしない。
一切動揺することなく、ただ一言。
「女は気持ち悪いからだ」
「え?」
「私は、妻となる女が、気持ち悪くて仕方がない」
僅かな嫌悪も滲むことなく平坦な口調で、ニリスはそう宣言した。
彼と相対しているクインティーナは、その「妻」で「女」だ。だというのに、ニリスに嫌悪の色はない。
ニリスの中でクインティーナは、もう「妻」ではないのだ。
――つまりこの男は、個人の為人ではなく役割に殺意を抱くのだ。
(それはもう、誰でもよいのと同じでは?)
ぞっとクインティーナに怖気が走る。
『……待って。つまり私って気持ち悪いから殺されたの!?』
聞き捨てならんと叫ぶアイヴィーに、怖じ気づいたクインティーナはなんとか持ち直した。
やはりアイヴィーがいてくれてよかった。
「そもそも私の母が、気持ちが悪い人だった。姉上が聖人として選ばれる前から……」
『なんか語っているけれど、私からすれば旦那様が一番気色悪いからなー!?』
本当にいてくれてよかった。
絶対怖い話が始まるけれど、クインティーナはアイヴィーがいるから、なんとか耐えられそうだ。
ニリス「妻気持ち悪い」
アイヴィー「お前が一番気持ち悪い」




