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四人目の被害者になりました。五人目は阻止したいと思います!  作者: こう


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32/49

32 燃えたのは


 使用人達の朝礼でさらりと告げられた内容に、マイナは愕然とした。


「どういう事!? なんで奥様が死んでいるのさ!」


 マイナは同じく愕然としているフルスに掴み掛かった。兄が答えを出せるわけがないのに、思わずガクガクと揺さぶった。

 それくらい動揺したし、信じられなかった。


「病死? そんなわけがないだろ……あんなにお元気なお人がなんで!」


 アイヴィーの肌は健康的で、髪だって艶やかだった。

 咳どころか、くしゃみ一つしている所を見たことがない。ドレスだから走り回ったりしなかったが、嫁ぐ前のヴィニカリスでの生活を楽しく聞かせてくれたので、彼女が弟を引き連れて領地を走り回っていたのを知っている。


 深窓の令嬢と比べものにならないほど、アイヴィーは健康体だった。

 それなのに突然の、病死。


「こんなの、こんなに突然……突然死だなんて」


 突然死。

 神に背くような者ほど早く、突然亡くなる。

 何の確証もない教えだが、暗闇で倒れる犯罪者の話は誰もが知っていた。


「違う。奥様は違う。ヴィニカリスの叡智って呼ばれたお人だ」


 呆然としていたフルスが、マイナの冷え切った手を握った。


「聖人じゃないけど、聖人って言われた人」


 見上げれば、マイナと同じ緑の目は潤んでいた。そばかすだらけの顔は、涙を堪えて真っ赤だ。


「突然裁きを受けるようなお人じゃない」


 フルスは無口で、滅多に喋らない。アイヴィーと会話したときも、肯定と否定しかできていなかった。

 その兄からの言葉を聞いて、マイナはやっと落ち着いた。混乱で興奮していた熱が、すっと引いていく。


「じゃあなにが……」


 本当に、病死なのか?

 昨日まで元気だったのに?


「……ダメだ、マイナ。それ以上、考えるのはダメ」


 今度はフルスが、マイナの肩に手を置いて言い聞かせた。


「俺だって信じられない。でも探ってはダメ。聞いて廻っては、ダメだ」


 アイヴィーの死に疑問を持ち、探ってはならない。不審を抱いて、嗅ぎ回ってはならない。

 何故なら、ここはライコア侯爵家。

 誰が深く関わっているかわからない、ライコア侯爵家。

 金払いがいいからと、目を逸らし続けてきた部分。警戒心の理由。


 ――そこでようやくマイナは、ライコア侯爵家の黒い噂と向き合った。


「……引き下がれって? こんなに怪しいのに!?」

「俺達は、無理だ。今の俺達だと、よくてクビだ」


 マイナとフルスは下級使用人。

 実家も貧乏な子爵家で、後ろ楯などない。むしろその実家を守らねばならない。

 そんな状態で、ライコア侯爵家の闇など探れない。


「警戒心は、マイナの強み。奥様が褒めてくださったこと、忘れちゃダメだ」

「――――……っ」


『警戒心は大事だわ。生き残るために必要な、あなたの長所よ』


 生き残る為に、必要な事。

 ライコア侯爵家で仕事をするなら、目を逸らさなくてはいけない部分。


「わかった、わかったよ……」


 マイナは項垂れた。足元に大粒の雫が落ちて、視界が歪んでいく。


(悔しい……!)


 真相を暴くには、マイナ達はあまりにも無力だった。

 マイナとフルスは、アイヴィーの死を棘として呑み込む事を選んだ。

 だけど。


 ――侯爵は、土葬される予定だったアイヴィーの遺体に火を着けた。

 埋葬するために掘った土に棺桶を置いて、そこに火を――――……。


 今思い返しても吐き気がする光景と匂いだった。


 マイナは侍女なので、墓場に同行できなかった。しかし名残惜しんで墓場の周辺にいたから、その匂いを嗅ぐことになった。

 死者が脱ぎ捨てた身体を土に埋めるのは、燃やさないのは、神が禁忌にしているからに違いない。そんな教えはないけれど、マイナがそう思うくらい受け付けない匂いだった。


 当然だ。人が人を焼くなど、あってはならない冒涜だ。


 マイナは遠目に揺れる炎を見ながら、口と鼻を両手で抑えて吐き気を堪えた。


 ――ここまでする理由はなんなのか。


 こんな事をする必要があったのか。


 アイヴィーの実家が、ヴィニカリス伯爵家が病死に疑問を抱き、遺体の返却を望んだ話はマイナも聞いている。ライコア侯爵家が拒否した流れも聞いている。働きながら、耳だけは澄ませていたから。


 だけどそれは、こんな暴挙に出る程の事だったのか。

 遺体を返すのをここまで拒否した理由は。


(……やっぱり病死じゃなくて、殺害されたから?)


 病死ではないとバレないように、火を着けた?

 マイナにずっと、優しく語り続けた人に?


 侯爵が、疑われないように。殺人の証拠を焼失させた?


 そう考えた瞬間。

 腹の底から、焦がすような怒りが炎のように立ち上った。


(そんなの、そんなの……許さない……!)


 確信はない。

 証拠もない。

 誤解があるかもしれない。

 だが、冤罪の可能性よりも……アイヴィーの遺体を焼いたという一点で、マイナの憤怒は噴き上がった。


 それに加え、侯爵がアイヴィーを殺したのなら。


(お前も絶対、焼いてやる……!)


 マイナの殺意は、炎のように腹の底で燃え続けて――今も機会を窺っている。


(――正直、あのお方のペンダントを紛失したあの女も、燃やしてやりたいくらいだけど……今頃死んだ方がマシって目にあっているはずだから、どうでもいいな)


 見付からないペンダントにため息を零し、マイナは来た道を引き返した。


(そもそも遺品管理が杜撰だったから簡単に盗まれるんだ。これだけ探すくらいなら、鍵をかけて厳重にしまっておけってんだ)


 マイナならそうする。

 イライラと昂ぶる気持ちを抑えて、今夜も何の成果も上げられなかったと窓の外を見た。


「……?」


 不意に、小さな光が揺れた。

 窓に近付き、目を凝らす。ガラスに反射するのはマイナが持っている燭台の灯り。窓の外は暗く、遠くなど見えない。

 だけど、夜の森の中に……塀の向こう側に、揺れる光が見えた。

 その光は、どんどん小さくなっていく。


「なにあれ……?」


 闇に溶けていく小さな小さな光を、マイナは見えなくなるまでじっと見ていた。



アイヴィー、いつの間にか飼いあるじ判定されていた。

温度差よ……。

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